2011年08月28日

入道雲より

Mighty Like A Rose.jpg sky_00015.jpg
Elvis Costello / Mighty Like a Rose

T
 僕は9号ボートの前で船長の帰りを待っていた。平日のボート乗り場は人気が無く、桟橋に繋がれたボートの群れはイナゴのように見えた。9号ボートはその左端にポツンと寂しそうに浮かんでいた。

 切符売りの親父との交渉を終えて、船長が戻って来た。船長と言っても女の子で僕と同じ歳だったが。彼女は切符売り場の親父と仲が良く、親父の機嫌が良ければ3度の内1度は無料になった。それで彼女が船長になった。

 9号ボートは水を切って進んだ。8月も終わりになると水面は涼しく感じられた。空に浮かぶ入道雲はその圧倒的な存在感に比べて、フワフワと落ち着きが無く、どこか軽く頼りなかった。それはその年に僕らが過ごした夏の日々と重なっていた。

「もう夏も終わりだね」僕は独り言のように言った。「魔法をかけてあげるよ」ボートの向かい側から船長の声がした。
「どんな魔法?」「永遠に夏が終わらない魔法」船長は目を閉じたまま半分寝言のように言った。
「ふん」と僕は言った。正直どうでも良かった。夏が終わっても、終わらなくても、どっちでも良かった。「さあ目を閉じて」船長は目を閉じたまま言った。
僕はため息をついてから目を閉じた。「三つ数えてから目を開けて。それじゃ行くよ。ひと〜〜つ」船長はとても間延びしてカウントした。「ふたあ〜〜〜つ」どうててだろう。僕は三つ目のカウントを船長から聞いた覚えが無い。船長は三つ目のカウント前に寝てしまったのだろうか? 実を言えば僕もカウント中に眠ってしまったのだ。そして僕は夢をみた。「ねこ渡船所」の夢をみた。

 ネコ達は向こう岸に渡るために船を待っていた。どのネコもカバンを持っていて、色々なモノをそこに詰め込んでいた。「夢」だったり「希望」だったり「成功」だったり「お金」だったり「愛」だったり「幸せ」だったりした。でも船はいつまでたっても到着しなかった。向こう岸は目に見えるほど近く、泳いでも渡れそうに思えた。でも泳いで渡るネコは一匹も見なかった。なぜなら、その海はガラスの海。誰も傷つきたくはなかった。その海は赤い色をしていた。誰かが血を流して海を渡ったのだ。でも、ここにいるネコにはそれが出来ない。もちろん僕も待ってる事しかできなかった。船長がここに到着するまで。

U
 1985年の夏はとても暑かった。いや、実際調べてみれば、そうでもなかったかもしれない。僕らがクーラーのない生活して暑い場所に頻繁に顔を出していたからかもしれない。その夏、派手な柄のアロハシャツをグッショリ汗で濡らしてプールバーにいた。店に入るまで廊下で3時間待たされた。船長は頬杖をつき過ぎて右あごを真っ赤に腫らしていた。冷えたバドワイザーを飲みながら僕らはキューを握っていた。
「ナインボールってさ。なんか不安定じゃない? 多すぎるような。少なすぎるような。どう思う?」船長は僕に聞いた。
「どうも思わない」僕は集中して玉を突いていた。
「へ。ノリが悪いんだ。そんな事言ってるとね。今夜は雨になるよ」
 僕はバーの窓ガラスに浮かぶ夜空の星を見て言った。「星が出てるよ。雨は降らない」
船長は腰に手を当てて缶ビールを一口飲んでから「心の雨は、夜しか降らないの」と言った。

 バーを出て最終のバスに乗った。「どこに行く?」と船長は聞いた。「どこにも行かない」と僕は答えた。それから一言付け加えて「どこにも行けないなら、どこにも行かない」と言った。「変な人ね。じゃ帰るのね」と船長は言った。僕は船長の腰に手を回して「君の中にいたい」と言った。「スケベ」と船長は手を払って一つ前のシートに移動した。一人になった僕は星空を眺めながら、やがて訪れる夜の雨を待っていた。

 バスから降りると船長は泣き始めた。時々船長はそうなった。時々そんな風に自分の船を揺らした。そうなると僕にはどうする事も出来なかった。僕は船長の肩を抱いて、その涙を見つめた。船長の心に降る雨を見つめた。

 船長を自室まで送り届けてベットに寝かせた。その後、船長の机に座って煙草を吸った。それから机の上に転がっていた付箋紙に目を留めた。
 青色のラッションペンを取り出して付箋紙に心に浮かんだ言葉を書き込んだ。
一つ目の付箋紙には「9号ボート」と書き込んで電気スタンドに貼り付けた。2番目の付箋紙には「ナインボール」と書いた。3番目の付箋紙に「9月の予感」と書いて貼り付けた。電気スタンドには3枚の付箋紙が並んだ。キーワードは「9」だ。最後の付箋紙に「夜の雨」と書いた。
 九つの魔法が解け、やがて夜の雨が訪れる。
 
V
 2011年の夏の終わり。僕は一人だった。あの夏の暑さも、あの夜の喧騒も、もう過ぎ去ってしまった。もちろん船長も、ここにはいない。答えというものは、いつも自分の手の中にあって、それが答えだとは気がつかない。それが答えだったのだと気がつくのは、それを手放した時だ。それを失った時だ。

 船長の最後のカウントはどこに行ったのだろう? あのカウントを取り戻せば、僕はあの日に戻れるのだろうか? あの夏に帰れるのだろうか?
 
 あの夏、僕らを包み込むように、優しく、やわらかく、そして間延びして存在した。ただ存在した。あの入道雲のように。



読んでいただいて、ありがとうございます。
気に入ったらワン・クリックお願いします。
人気ブログランキングへ

こちらも、よろしくお願いします。
にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村
posted by sand at 12:23| Comment(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。