2005年11月30日

そろり、そろり(Safeway Cart)

Sleeps With Angels.jpg
Neil Young & Crazy Horse / Sleeps With Angels

深夜。僕と彼女は、郊外にある大型ショッピング・センターに車を停めた。
僕も彼女も財布なんか持ってはいない。
つまり強盗って訳だ。もちろん、誰も、とがめたりはしない。
何故なら、ここいらの生き物は、おおかた死んでしまったからだ。

ショッピング・センターには、深夜とはいえ明々と照明が灯されている。
建物の入り口付近には、人垣が出来ている。ただし、生きてる者など一人もいない。

僕と彼女は、ショッピング・センターの入り口に重なり合って死んでいる死体の山に、足を踏み入れた。
僕らは、子供の顔を踏みつけ、老人の腰骨をへし折り、女の子の豊満な胸に手をかけて、建物の入り口まで連なる死体の山を越えて行く。
僕は死体を踏みつけながら彼(彼女)らに声をかける。
「悪いね。でも、いづれ僕らも君達のいる場所に向かうから。そろり、そろりと向かうから」

死体の山を越え、入り口に達した。広い店内を見渡すとガランとした無人の空間だけがあった。
アレが起きた時、誰もが出口に殺到したのだ。

僕と彼女は、それぞれショッピング・カートを持ち出すと、売り場を駆け回って欲しい物をカートに放りこんでいった。
食べ物、飲み物、着る物、電化製品、インテリア、雑貨、時計、宝石……。

それから、僕はスポーツコーナーから金属バットを拝借して、窓ガラスを叩き割り続けた。
派手な音を立ててガラスが砕け散った。深夜の空気の中にキラキラ残像を残しながら飛び散って行った。

次ぎにマネキン人形を叩き壊した。レジを壊して中の金を、ばら撒いた。
彼女は化粧品コーナーで、ありったけの高価な化粧品を顔に塗りたくり、爪を七色に染めた。

僕らは笑いながら中央のカウンターに腰を下ろし、ワイン売り場から持ってきた最高級の赤ワインをグラスに注いだ。

「この世の、全ての生き物に!」ワイングラスをカチンと触れ合わせた。

それから赤ワインを一気に飲み干した。彼女は、むせたみたいで咳き込みながら、赤ワインをフロアに吐き出した。僕は、それを見て笑った。

彼女の咳は止まらなかった。口から滴り落ちる赤ワインが、みるみる鮮血に変わっていった。
いくぶん黒味がかった、おびただしい血液を彼女は何度も何度も吐き出した。
真っ白なフロアが血の海に変わって行く。

彼女もソレに犯されているのだ。もちろん僕も。

僕は、苦痛にもがく彼女の背中をさすりながら、彼女が楽に死ねる事だけを願っていた。
「ねぇ。僕が殺してあげようか?」

彼女は、顔を歪めながら首を横に振った。

しばらくすると彼女は少し落ち着いたようだ。
僕は、寝具売り場に駆けて行き布団と枕を取って戻ってきた。それから彼女を布団に寝かせた。

布団の中で彼女は荒い息をしている。
僕は、このフロアに広がる血の海を、なんとかする必要があった。
清掃道具売り場から、大型のモップを何本か抱えて戻ってきた。

僕は一心不乱にフロアの血を拭き始めた。「この血を消さなきゃ。この血を消してしまわなきゃ」僕は何度も何度も、そう、つぶやいていた。

「全然、ダメじゃない。そんなんじゃ消えないよ」布団の中から彼女は重い目蓋を、なんとか押し開けるようにして笑った。
「マジックリンよ。マジックリンがあるじゃない」彼女は、ひらめいたように言った。

「そうだ。マジックリンだ。どうして気がつかなかったんだろう」僕は、慌てて洗剤売り場に駆け出そうとした。
「ねぇ」細い声で彼女が僕を呼び止めた。

「ありがとう。待ってるわよ」彼女は、持ち上がらなくなった重い目蓋を閉じて微笑みながら僕に言った。

マジックリンを持って、元の場所に戻っても、彼女の目蓋は二度と開かなかった。

僕は、そのままマジックリンを床に撒き散らし、モップで血を拭き続けた。
夜が明け、空が白み始めても、僕はその作業に没頭していた。

それから誰かが僕の背中にそろり、そろりと貼り付いた。


posted by sand at 15:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
軽く乾いた裏に生っぽい臨場感が貼り付いた終末感覚がすごく良いですね! とても気に入っちゃいました。
何かが完全に終わるっていうことには、ある種の爽快感が伴います。
「博士の異常な愛情」でのあっけらかんとムード歌謡な(?)滅亡シーンも、いつ見てもシビれます。
Posted by 志穂美 at 2005年12月02日 10:24
どうも読んで頂いて有難うございます。
誉めていただいて、とても嬉しいです。

>何かが完全に終わるっていうことには、ある種の爽快感が伴います。

なるほど。それですね。残らず終わってしまうって事は文字通り何も残りませんね。
終末って精神的な脱力と肉体的な苦痛が混ざり合ったようなものなのかな?とか想像しながら書きました。

>「博士の異常な愛情」

面白かったですね。ピーターセラーズでしたよね。私は、学生の頃、封切で観た「フルメタル・ジャケット」が一番印象深いです。
Posted by sand at 2005年12月02日 16:18
新作も面白かったけど、私は、じわじわ怖いSFが好きなんで、こっちにコメントします。
志穂美さんが最初に書いてたのと似たようなところで惹かれます。
クールアンドドライな空間にねっとり流れ出す液体を勝手に想像してます。

「博士の異常な愛情」は、ほんまに好きな映画です。あれは最高。
「フルメタル・ジャケット」は、後半より前半がよかったと思います。
それにもまして、その頃sandさんが学生だったとは〜
ショックを受けました(苦笑)
何度聞いても人の歳を忘れます。
Posted by ring-rie at 2005年12月02日 22:41
まいどです。
「Brad Mehldauについて(2)」更新されておられましたね↓
http://synzembi.net/dangle/jaz_ring05n2.html
後ほど、拝見します〜。

どうも読んで頂きまして、ありがとうございます。

>クールアンドドライな空間にねっとり流れ出す液体を勝手に想像してます。

こりゃ怖そう(^_^;)「ゴケミドロ」とかありましたね。ありゃ怖かったです。

>「フルメタル・ジャケット」は、後半より前半がよかったと思います

そうそう。後半の記憶ないです(^_^;)
前半のデブ君が虐められて、ブチ切れる展開、最近頻発してる事件を予見したような内容でした。前・後半が、わかれてて取りとめない印象もあるけど、当時勇んで観に行った記憶によって名作になってます。私的に。

>それにもまして、その頃sandさんが学生だったとは〜

そういわれたら社会人だったかもしれない。
あんまり変わらないじゃないですか。2つか3つ違いでしょ。
ring-rieさん、スレンダーだから私より、ずっと若く見えますよ。
Posted by sand at 2005年12月03日 11:57
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