2005年11月30日

バブル・キッス

Kiss Me, Kiss Me, Kiss Me.jpg
The Cure / Kiss Me, Kiss Me, Kiss Me

彼女は、僕より20歳以上も年上だった。それに彼女の体重は、僕の倍はありそうで、恐らく100kgは軽く超えているように見えた。

彼女は3人の子持ちだった。旦那さんはいなかった。
彼女は幾つかのパートの仕事を掛け持ちして、女手一つで子供達を育て上げていた。
朝早くから夜遅くまで働いて、家事や子供達の世話を手抜きなく続けている。
彼女は見るからにタフで、快活さに溢れていた。

夜。子供たちを寝かせ付けてから、彼女は僕の住むアパートに自転車に乗ってやってくる(僕と彼女のアパートは近所にあった)

それから彼女は僕の為に洗濯をし食事の用意をした。
僕は、テーブルに頬杖をついて、彼女が料理をする姿を眺めるのが楽しみだった。
彼女の丸太のようなお尻を眺めていると幸せな気持ちに包まれた。
僕は、彼女の髪の先から、つま先に至るまで、彼女の全てを愛していた。

僕が料理を食べている間、彼女は僕の通う大学のテキストに目を通している。
彼女は驚くほど頭が良かった。語学にも堪能だった。恐ろしく難解な数式から、古今東西の芸術に至るまで彼女の見識は深く幅広かった。間違いなく一流の大学を出ている。

でも日頃の彼女は、その事を隠していた。まるで無学だという素振りをした。

僕は体育館のマットのように大きくて柔らかい、彼女の裸の身体を抱いて寝ていた。
「君の全てが知りたいんだ」
僕は彼女の耳元に、ささやいた。

「そんな物知ったって、なんの得にもなりゃしないわよ」彼女は笑って言った。

「いい。これだけは憶えておいて。私は貴方にとって風船なの。時期が来たら貴方の元から飛び去って行くのよ。もしくは、弾けちゃうか」
彼女は話しを続けた。

「若い頃の私は、すごく痩せてたの。風が吹いたら倒れちゃうくらいにね。そして勉強ばっかりしてる子だったわ。私は勉強が出来たわ。人がうらやむくらいにね。私は知識に包まれていたの。

でもね。ある時から、私は人から取り残されてるって事に気付いたの。
そう。私は知識をどう使って良いのかが分からなかったのよ。私の中身は何にもなかったの。
空洞だったのね。知識に包まれた風船だったのね。

私は自分を見失ったわ。どうして生きて行ったら良いのか分からなかった。

でね。私は太る事にしたのよ。知識に封をして食べる事に専念したの。苦しかったわよ。何度もお腹を壊したり、嘔吐したりしたわ。
でも頑張って太ったわ。脂肪が身体に貯まってくると私は自分の身体を手に入れているような気持ちになれた。人の書いたり見たりした知識じゃなくて、自分で産み出した物だったからね。

どんどん太って行くにつれて、私は強くなれたの。私に必要だったのは脂肪だったのよ。余分な物だったのよ。」

彼女は僕の胸に耳を押しつけながら話を続けた。

「貴方が好きよ。だって、貴方の心は、空っぽなんだから。
ねぇ。貴方にも気がついて欲しいのよ。人生に必要なのは、余分な物よ。
それが、なくっちゃ生きてるなんて言えないわ」

彼女は僕にキスをした。
それは風船みたいに柔らかくて、僕が、夢の出口を探している事に改めて気付かせてくれた。
posted by sand at 23:09| Comment(3) | TrackBack(0) | 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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Posted by かぴぱら君 at 2005年12月01日 04:23
風に吹かれて倒れちゃう少女でいるよりも、風に乗って飛んでいく自由な風船になることを選んだのかな、<彼女>は。
いいですね。強くて自由な女性。
こういう人は愛情が深いんですよね。

余分なものばかりで、必要なものがまるっきり身についていないオンナがここにいますが、どうしたらいいかしら・・・
Posted by tallulah at 2005年12月01日 21:34
tallulahさん

毎度ありがとうございます。読んで頂いて。
この話し、ちょっと無理がある展開でしたが、丸々と太って、人の良いオバチャンが、実は美貌の才女で、無理して太ってるとしたら・・。
とか思って書きました。

>風に乗って飛んでいく自由な風船になることを選んだのかな、<彼女>は。

そうですね。エエ例えですね。ありがとう。
人が強くなる瞬間って、すごいパワー必要だから、なりふり構わないって言うか、周りから見ると滑稽に映ったりもするんだと思うんです。
って良くは分からないけど。

>余分なものばかりで、必要なものがまるっきり身についていない

あなた必要なものが備わってるから、皆さんから愛されてるんですよ。ブログとか、そんな感じやん。

タルさん追い込まれたらハッキリ物が言える人だからですね。それもキッチリ筋道が立ってるし。あなたのそういう所、私は尊敬してるけどね。
Posted by sand at 2005年12月02日 01:04
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