2005年12月07日

湖底の雫(後編)

love is here.jpg
Starsailor / Love Is Here

彼女は、湖底獣に手を振って湖畔を取り囲む森の中に消えていった。

湖底獣は、湖面に顔だけを浮かべて、彼女の姿を見送った。
彼女の無事を祈り、彼女を待つ事が出来る自分に幸福を感じていた。

湖底獣は、毎日毎日、何度も何度も湖底を離れ湖面から顔を出して彼女の帰りを待った。
雪の日が続き、湖面に薄っすらとした氷の膜が覆った。ある時には激しい風雪が襲った。
湖畔の周囲に広がる森林に鮮やかな雪化粧が施された。

やがて太陽は高い高い場所から、燦燦と湖畔を照らし、雪解けの時が訪れた。
彼女は戻らなかった。

湖底獣には彼女を疑う事が出来なかった。人の心が変わってしまう事など、彼には想像すら出来なかった。
湖底獣は彼女を愛していた。その想いは日増しに強くなって行くようだった。
あまりに強い想いから、湖底獣の身体は引き裂かれてしまいそうだった。

湖底獣は、彼女の身を案じた。彼女の苦痛に身を震わせた。そして陸の上に上がる事すら出来ない自身を攻め続けた。
それでも湖底獣は、彼女を待つ事が出来る、その尊さを痛感していた。
愛する人がいて、その人を待てる。それは何よりも湖底獣を強くした。その想いが湖底獣を奮い立たせた。

季節が夏に差しかかる頃、湖底獣は棲家の洞窟から、宝石「湖底の雫」が消え失せている事に気がついた。
多分、彼女が持ち出したのだろう。
湖底獣は、その事に何の疑いも持てなかった。それが何を意味するのかさえ、彼には推し量る事が出来なかったのだ。

夏が終わり、森の木々が色づく頃になっても、彼女は戻らなかった。
湖底獣は、いつものように湖畔に顔を浮かべて、彼女を待っていた。
その頃、彼の中では、彼女は凄く大きな物になっていた。崇高な存在になっていた。

彼女がいつか現れる。その事を信じ続けることには、今まで彼が犯した全ての罪(彼自身が罪だと感じている事柄)を帳消しにしてしまうような、強い強い力が備わっていると感じるようになっていた。
彼は彼女を信じ続ける事で、彼自身から自由になれるような気がしていた。彼女の存在が、彼を解き放つ事が出来る。そんな気持ちを感じていた。


季節は一回りし、厳しい冬が再度訪れようとしていた。
その日の朝、森の枝をかき分けて彼女は湖畔に戻ってきた。

細かい霧のような雨が、彼女の厚手のレインコートを濡らした。
彼女は、毛布に包まれた何かを大事そうに抱えていた。

「ごめんなさい。待たせたわね」彼女は水際まで降りてきて、湖底獣に声をかけた。
湖底獣の発した返事は、感激のあまり言葉にならなかった。

彼女は湖底獣に向かって、抱えていた毛布に包まれた物を差し出しだ。
青い顔をした赤ん坊だった。
「貴方の子供よ。一人で産んだのよ。大変だったんだから」彼女は笑って言った。

湖底獣は、我が子を抱きかかえて喜びに震えた。
「良かったわね。これで一人じゃなくなったわね」彼女は、そう言うと水際から後に離れていった。

彼女は、湖畔に立って言葉を続けた。
「もう貴方は孤独じゃないのよ。だから私は行くわ。
あの宝石は、信じられないくらい高値で売れた。そのお金で過去を清算したの。お金さえあれば、それ程の罪じゃなければ清算できるのよ。私は、お金で解き放たれたって訳ね。
これから楽しく暮らさせてもらうわ。使いきれないほど、お金が残っているの。
貴方はウソを付かない人だった。私も自分の欲望にウソをつかないわ。

いい。これはハッピーエンドよ。少なくとも地上では、そう呼ぶわ。じゃあ。」

彼女は、森の中に消えてしまった。

湖底獣は、自身の子供を抱きかかえて、湖面に佇んでいる。
サーカスのピエロのように今にも泣き出しそうな顔を、さらに歪めて。
実際、彼は泣いているのかもしれない。
ただ、湖畔には今、霧のような雨が降り続いている。
故に彼の顔から滴る雫が、涙なのかどうかを見分ける事は不可能だった。



☆長過ぎてポイントがズレました。読んで頂いた方には、感謝とお詫びの気持ちです。ありがとうございました。
posted by sand at 04:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 超短編小説@ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
誰かを待つことが出来るというのは、幸せなのかもしれないですねぇ。
少なくとも、待ち人すらいない、という孤独よりかは楽しみがある?のかも。
胸の痛い楽しみだろうけど。

青い顔の赤ちゃんのその後が気になります。

Silence Is Easy、お気に召したようで何よりですv
わたしは1stのほうが好きなのですが、こっちのほうが「甘い」のでsandさんは2ndのほうを気に入られたのかもしれないですね。
Starsailorはボーカルとピアノがすごく好きなので、このまま好きでい続けたいと、期待をしてるバンドです。若いバンドが聴けるのって嬉しい♪
Posted by tallulah at 2005年12月08日 09:17
毎度です〜。

読んで頂いて、ありがとうございます。

>青い顔の赤ちゃんのその後が気になります。

面倒臭い事は忘れましょう(^O^)

>Silence Is Easy

ここ2日くらい、ずっと聴いてます。ファースト重過ぎたんですが、セカンドは快調ですね〜。ベストトラックは、4曲目のタイトル曲。オアシスみたいに力んだボーカル良かったです。

>若いバンドが聴けるのって嬉しい♪

そうそう。結構、気に入るのって少ないですね。でも、ここ最近、人間がユルユルだから、あまり意識しなくなりました。
どっちかと言うと女の子の方が良い。やっぱりホモじゃなかった(^O^)
Posted by sand at 2005年12月08日 18:46
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