2005年12月14日

2000 Miles E(It Must Be Christmas Time)

Last of the Independents.jpg湖畔.jpg
The Pretenders / Last of the Independents

「心のトゲを抜く仕事です。象の心です。」埼玉ネコがそう言うと僕は一瞬、気が遠のいて行った。

再び気がつくと、朝の気配の中にいた。爽やかな風が吹き抜けてはいるが、明かに強い陽射しが感じられた。季節は夏なのだろう。
僕らがいる場所は、林の中だった。

埼玉ネコは、自転車から飛び降りると「ついて来て」と言い残し、林の奥へと駆け出して行った。

僕とアキコも自転車から飛び降りて、彼の後を追って林の奥へと走り出した。僕はアキコに手を差し出した。アキコはニッコリ微笑んで僕の手を握った。
冷たい風が頬を打ちはじめた。水辺が近い。

林は不意に途切れ一瞬のうちに視界が開けた。そこは、かって見た事のない雄大な景色が広がっていた。僕は、驚きのあまり立ち止まらずにいられなかった。

広大な湖だ。見渡す限りに透き通った水を芳醇に湛えた蒼く美しい湖が広がっている。朝日に照らされ、眩く光る湖面。それは穏やかな風に揺らめきながらキラキラと輝いていた。

そして湖畔には、象の群れがいる。何千、何万…それは広大な湖畔を埋め尽くすがごとく、膨大な数の象の群れが佇んでいる。
真に宗教的とも言える光景だった。クリスマスの賛美歌が聞こえてくるような、そんな高騰感が沸き起こった。アキコも同じように感極まった表情をしている。

驚いた事に、それらの象の群れは、まったく動く気配を見せず、まるで静止画像のように停止したままなのだ。
象達は、まるで魂を抜かれたように、その場に呆然と立ち尽くしている。鳴く事も、走る事も、寝そべる事も無かった。ただ、象達は何かを待ち受けるように、その場に立ち尽くしているだけだった。

埼玉ネコは、1頭の象の鼻先に歩み寄り。その鼻先に自分の頬を寄せた。象は嬉しそうに埼玉ネコを鼻先に乗せて高々と持ち上げた。

象の頭部にボッカリと穴が開き、埼玉ネコは、その穴の中にスルスルと降りて行った。

象の瞳から沢山の涙が流れ落ちた。
やがて象は、ゆっくりと足を折りたたみ地面に横倒しになった。


しばらくして先ほどの穴から埼玉ネコが姿を現した。
口に何か、くわえている。白く光る大きな骨のような物だ。
おそらく、それは象の心から抜かれたトゲなのであろう。

トゲを抜かれた象は静かに目を閉じ、もう二度と動く事はなかった。

埼玉ネコが象の身体から身を離すと、そのトゲは銀色の魚に姿を変えた。
埼玉ネコは、その魚を大切そうに湖に放った。
銀の魚は、眩いほどの輝きを残して湖中に消えていった。

埼玉ネコは、その作業を何頭も何頭も繰り返した。

象の心から抜き取られたトゲは、数多くの銀の魚となって湖中に消え去った。

僕とアキコは、手を繋いだまま、その作業を言葉もなく眺めていた。

やがて埼玉ネコは、僕らのそばに歩み寄ると声をかけた。

「この世の怒りや哀しみを、象達は引き受けて心にトゲを残すのです。」埼玉ネコは、そう言って首を何度か横に振った。

「あなた方は、まだ若く、象達の運命を理解する事は難しいのかもしれません。
ただ、誰もが何かを引き受けているのです。この世の全ての生き物は、この世の全ての生き物の為に、何かを引き受けなければなりません。フム。それは当然の事なのです。
あなた方が、心から愛する人に巡り会った時、あるいは美しい子供達を授かった時、その事を知るでしょう。」
埼玉ネコは、そう言い残すと足早にそこを後にした。

僕は、もう一度、湖を振り返り、その光景を瞳に焼き付ける事が出きるならと願った。

「次は、海を見に行きましょう。そこには海亀がいます」


posted by sand at 00:55| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。