2005年12月15日

2000 Miles F(It Must Be Christmas Time)

Don't Get Me Wrong.jpg亀.jpg
The Pretenders / Don't Get Me Wrong

一瞬の意識喪失。
再び意識が戻ると僕らを乗せた自転車は浜辺を走っていた。
見渡す限りの白い砂浜が、大きな曲線を描いて海を取り囲んでいる。
空は、今にも雨が降り出しそうな厚い雲に覆い尽くされていた。
海もまた、暗い予感をはらんだ様に重苦しい波を浜辺に打ち上げている。強い海風が、僕らの頬を打ち、辺りの砂を勢い良く舞い上げていた。

埼玉ネコは浜辺を見つめている。その視線の先には海亀が寝そべって海を眺めていた。
僕らは自転車を降りて、ゆっくりと海亀に近づいて行った。

海亀は、首を長く伸ばし眠そうな目を僕らに向けて聞いた。
「海の声が聞こえるか?」
僕とアキコは首を振った。

「わしには聞こえる。海の声が聞こえる」
僕は海亀に尋ねた。
「海は、どんな声をしているんですか?」
「海は、様々な声を持っている。穏やかな声。怒りの声。安らぎの声。悲しみの声。」
「海は、どんな事を伝えようとしてるんですか?」横からアキコが聞いた。
「わしには海が何を考えているかは分からんよ。わしは、ただ、その声を聞くだけなんじゃ」
強い風が砂を舞い上げた。僕らは顔にかかった砂を手ではらった。

「何故、海の声を聞くんですか?あなたは海の声を聞く事で何を得ているのでしょう?」僕は、もう一度海亀に尋ねた。
「何故?わしは、この砂浜で、この空と、この海とが溶け合う場所を見ているだけじゃ。そして、そこに海の声がある。
わしは耳を澄まし、その声を聞く。
それが、わしじゃ。そして、わしが、それなんじゃ。」

「でもそれが、あなたに何をもたらすのでしょう?何の為にあなたは、そうするのでしょうか?」僕は尚も食い下がった。
海亀は首を振りながら、こう繰り返すばかりだった。
「何も、もたらさない。何も必要ない。わしがそれで。それがわしなんじゃ。」

やがて海亀は、のそのそと身体を動かし海に帰って行った。
海亀が去った後も、僕とアキコは海を眺め続けた。

埼玉ネコは、僕らに向かってこう言った。
「フム。全ての行為に意味を求めるのは間違いですよ。
行き先のない想いもある。何も求めない生き方もある」

黒々とした雲は、僕らを押し潰すように垂れ込めていた。風は一段と激しさを増し、押し殺した呻き声に似た音を立てた。

埼玉ネコは、僕らから少し離れた場所まで歩き、腕組みをして周囲の景色を眺めている。
僕とアキコは、空と海とが溶け合う場所に向かって耳を澄ましていた。

「まだ父が生きていた頃ね」僕は海を眺めながら、つぶやくように話し始めた。
「あ、あなたのお父さんは亡くなったんだったよね」アキコは言葉を挟んだ。

「うん。若い頃の父は、事業を起こして強引に金を儲けていたんだ。羽振りの良い時期が何年か続いた。父は自信に溢れていた。頼れる存在だった。もちろん尊敬もした。
でも僕は、当時の父は無理をしてるように感じていたんだ。無理をして自分を飾ってるようにね。
数年後、父は破産同然で事業を手放す事になった。景気が悪くなったんだね。設備投資も過大だった。その何年か後に、父は失意の中で死んだ。

死ぬ間際の父は、いつも泣いていたんだ。僕は父の泣き言を何度も聞かされた。
その時、父はこう言ってたんだ。
『俺が手にした物は、何一つ必要な物じゃなかったんだ。俺が生涯欲しがっていた物は、何の価値も無い物だったんだ』ってね」

「そう。そうだったのね」アキコは浜辺の砂を片手に握り締め、高い位置からサラサラと地面に落とし始めた。
「何が必要なのかしら?私達に残るものは一体何かしら?」アキコが握った砂は、残らず全部地面に落ち切ってしまった。
アキコは空の手のひらを僕に見せて言った。「これで終わり」

「いや。まだ終わらない。まだ次ぎがある」僕らの後ろに立った埼玉ネコが声をかけた。
「次ぎの目的地は、猫町です」


posted by sand at 01:10| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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