2005年12月16日

2000 Miles G(It Must Be Christmas Time)

Pretenders II.jpgすぷ〜ん.jpg
The Pretenders / Pretenders II

猫町の景色は、人の町の景色とそれほど変わる事はなかった。
ただその町にある、すべての形のある物が、人の町のそれより一回り小さかった事を除けば。

建物は、どれも一回り小さかった。
道幅も一回り狭まかったし、街路樹の高さも一回り低かった。
公園には一回り小さな噴水があり、一回り小ぶりの水柱を噴き上げている。
そこには一回り小さなブランコがあり、幼い小猫がボンヤリとした表情で揺れている。
通りには一回り小さな看板を掲げた、一回り小さな商店が建ち並んでいる。
一回り小さな雑貨屋。一回り小さな豆腐屋。一回り小さな毛糸屋。

猫達は、二本足で歩いたり、四足で歩いたり、特に統一感はなかった。
ただ、忙しそうにしている猫は一匹も見る事はなかった。皆、一様に退屈そうに通りを歩いたり、寝転がったリ、道端で話し込んだり、路上で歌ったりしている。

僕らは、猫町でも大きい部類に入るビルの前で自転車を降りた。
埼玉ネコは、この町では実力者のように見えた。ホテルのロビーで出会う、どの猫も彼に丁寧に挨拶をし敬愛の眼差しを注いでいた。

埼玉ネコはビルの中にあるラウンジ・バーに僕らを案内した。
比較的広々としたフロアに通され、僕とアキコはボックス席に並んで腰を下ろした。

やがて、中央に設置されたステージに一匹の猫が静かに姿を現した。
彼の登場に、ざわめいていた店内はシーンと水をうったように静まり返った。
「この街一番の<口笛吹き>だ」埼玉ネコは、僕らにささやいた。

<口笛吹き>はゆっくりと深呼吸した後、口笛を奏で始めた。
物凄い音圧だった。口笛でこれほどの迫力を出せるとは。
澄みきった空を駆け抜けるような高音。
低く地を這って腹部に食い込むような低音。
<口笛吹き>は自在に音を操り。聴衆の心の奥底に潜む、ある感情を見事に引き出して行った。
メロディは、トラディショナルの「Amazing Grace」に似た情感を漂わせていた。
何人もの女猫がハンカチで涙を拭っていた。僕とアキコは、時に力強く、時に物悲しい口笛の響きに、心を締め付けられながら聞き入っていた。

<口笛吹き>は、素晴らしい演奏を終えると休息に奥に引っ込だ。これほどの演奏をするには、相当な体力が必要なのだろう。この町では、口笛こそが最も伝統ある演奏形態のようだった。<口笛吹き>は別格の扱いを受けていた。

埼玉ネコは僕らに『ロロ』と言う名の飲み物をすすめてくれた。
『ロロ』は紫色をして炭酸が入っているのかブクブクと気泡を上げていた。
少し嫌な匂いがしたが、味は不味くはなかった。酸味の効いたグレープフルーツ・ジュースに似た味がした。
「この町で人気の飲み物だ」埼玉ネコは喉を鳴らして『ロロ』を飲み干した。

「疲れたかい?」埼玉ネコは僕らに尋ねた
僕もアキコも首を横に振った。
「フム。旅を楽しむといい。私もあなた方の瞳を見ていると、忘れていた物が蘇って来るような気になる」埼玉ネコは微笑みながら言った。

アキコは店内をキョロキョロと見渡しながら「今は何時くらいですか?時計は、どこにあるのかな?」と埼玉ネコに聞いた。

「悪いが、この町には時間がないんだ」埼玉ネコは身体を椅子に埋めるようにして話始めた。
「いや。有るのは有る。でも、それほど重要とは考えてはいない。フム。
時間は答えではない。時間は単なるヒントに過ぎない。この町では、ずっとそうだ。

ある者は産まれながらにして老人であり、ある者は死ぬ瞬間まで子供でありうる。
ある者は一瞬にうちに歳を取り、ある者は一瞬の出来事で若返る。フム。
時間は結論ではない。時間は参考に過ぎない。どう使うかは、その者次第と言う事だ」

埼玉ネコは瓶詰めの『ロロ』をグラスに注ぎ入れながら、この話しをこう締めくくった。
「この町には時間が流れてはいない。流れているのは口笛の響きだけだ」

<口笛吹き>が、もう一度ステージに登場して口笛を奏で始めた。
フロアに響き渡る口笛は若々しく。僕らの瞳に光を与えた。

「そろそろ食事を取ろうか。私の友人を紹介しよう。彼の名はアライグマ男と言う」


posted by sand at 00:35| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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