2005年12月21日

2000 Miles L(It Must Be Christmas Time)

Viva el Amor2.jpgはらそ.jpg
The Pretenders / Viva el Amor

白い扉の向こうには、同じような白い部屋があった。
その部屋には四方に扉がついている。僕は未開の扉を順に開いていった。
しかし、どの扉を開けても同じ作りの白い部屋に出た。同じように四方を扉で囲まれている。どこに進めばいい?僕は焦った。

「慌てるな」埼玉ネコの声が遠くから聞こえて来た。
「心に流れる響きを聞け。時間を追うな。響きだけを追え」

僕は目を閉じて耳を澄ました。
聞こえる。かすかだが口笛の音が聞こえる。
猫町で聞いた口笛だ。猫町は、人の心の中に存在したんだ。
僕は扉を開いて口笛がより大きく聞こえる方向に進んで行った。

いくつもの扉を開け、いくつのも部屋を通り過ぎた。
やがて口笛の音は大きさを増し、すぐ近くから聞こえて来るのを感じた。

最後の扉を開けた瞬間、もの凄い量の光が、視界になだれ込んできた。
僕は光りの海の中に投げ出された。そこには、赤や黄色、緑、青、様々な光りが重なり合い、交差し、まるで万華鏡のように幻想的な光景を織り成していた。
強い光を前方から浴びて、僕の目は幻惑されてしまった。強烈な光りの渦の先に何があるのか見る事が出来ない。

「そこは君の瞳の中だ」埼玉ネコの声が木霊した。
「恐れず進め。瞳の奥には心の川に繋がる洞穴がある」

僕は目を閉じて手探りで光の海を進んで行った。しばらく進むと光の量が弱まり、冷たい風の流れを感じ始めた。目を薄く開けると人が一人やっと通れるほどの洞穴が見えていた。洞穴の中には薔薇の花が穴を塞ぐように覆い茂っていた。

僕は薔薇をかき分けて洞穴に入り込んだ。薔薇の棘が容赦なく僕の身体を引き裂いた。
僕は苦痛に身をよじりながら川に向かって洞穴を降りて行った。

穴の中で、いくつかの声を聞いた。
それは僕の正面からやってきて身体を貫いた。声の波紋は外に逃げる事なく僕の身体の中に消えた。

…『おまえは、心の川に降り、そこに刺さった<棘>を抜く必要がある』…
…『僕は、暗闇の中で女の湿った唇に触れた』…
…『あなたに必要な事は、過去を捨てる事よ』…
…『俺が手にした物は、何一つ必要な物じゃなかったんだ。俺が生涯欲しがっていた物は、何の価値も無い物だったんだ』…
…『知らなくても生きて行ける。でも知ってしまった者は同じ場所には帰れない』…
…『帰れないと分かると帰ってみたくなるのよね〜あの頃に。帰っても、なんにも無いのにね』…
…『何も、もたらさない。何も必要ない。わしがそれで。それがわしなんじゃ』…
…『あなたの、順番ですよ』…

僕は血だらけになりながら洞穴を通り抜けた。降り立った場所には川が流れていた。
心の川だ。
洞穴から漏れ出す僅かな明かりで周囲の川岸こそ見渡せたが、上流に目をやると全くの暗闇だけが川を支配していた。
川岸には高さが2mにも及ぶ象牙のような白い柱が、何本も突き刺さっている。白い柱が刺さった場所からは、川に向かって赤い液体が流れ落ちていた。
僕は川を覗き込んだ。そこには赤い水が流れている。僕は躊躇なく川に飛び込んで上流を目指して進んだ。水深はそれほど深くはなく太ももに触れるほどだった。しかし、川の水は凍るほど冷たく、上流からは氷のカケラが途切れる事なく流れ落ちている。それはまるでガラス破片のように僕の太ももに突き刺さった。

川を遡ると流れは次第に急になり水嵩も増して来た。それまで川を照らしていた、ほのかな光は姿を消し、暗闇が辺りを覆い尽くした。

暗闇には僕の過して来た過去がフラッシュバックするように途切れ途切れに映し出された。それは目を覆いたくなるような惨めな過去だった。
何の誇りも何の救いも、そこには見出せなかった。ただ暗く陰惨な姿を情けなく晒すだけだった。
僕は気分が悪くなり何度も嘔吐を繰り返した。しかし暗闇は容赦なく僕を苦しめ続けた。そこには何の光もなかった。光のない場所に影など存在しないのだ。
僕の過去には何もなかったんだ。探す価値のある物など、どこにもありはしないのだ。
惨めで弱々しく醜悪な自身の姿を見せつけられ、僕の意志は次第に挫けていった。
僕は空虚さに再び支配され、力を失って下流へと流されていった。洞穴のある場所に流れ着くと川岸につかまり、僕は弱音を吐いた。

「ダメです。僕はダメな人間なんです。僕の過去には何もありません。まったくの無価値です。僕には何も出来ません。何も生み出す事が出来ません。僕の中には何も無いんです」


posted by sand at 00:57| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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