2005年12月21日

2000 Miles M(It Must Be Christmas Time)

Packed.jpgふるふる.jpg
The Pretenders / Packed

「甘ったれるな!お前は、また逃げ出すつもりか!」埼玉ネコの怒鳴り声が聞こえた。
「いいか!彼女は、もうそれを見つけたんだ。どうして、お前に見つけられない!過去から目を逸らすな!お前の過去なんだ。お前の物なんだ。それは忌まわしい物などでは決して無いぞ!」

「キタヤマダ君。聞こえる?」アキコの声だ。
「ああ。聞こえるよ。君は見つけたんだね。良かった。本当に。
でも僕はダメなんだ。僕には何も見えてこないんだ」

「うん。もういいよ。もういいのよ」アキコの声が聞こえてきた。
「いつでも目を開けて戻って来ても良いわよ。私はそれを見つけて、ちょっと救われたからそれで良いのよ。ここに来て良かったわ。だからね」

僕は川岸につかまって、頭の混乱が落ち着くのを待っていた。

「少しだけ話をするわ。あなたには始めて話す事よ」アキコの声が再び聞こえてきた。
「私ね。小さい頃から親が凄く仲が悪くてね。家に居場所が無かったんだ。毎晩、毎晩、夫婦喧嘩だったり、父が家に帰らなくて母が荒れたりね。ずっと部屋の角で震えていたんだ。
いつか誰かが助けてくれるって願ってたんだ。きっと誰かが現れて、私を救い出して穏やかな場所に導いてくれるってね。でもそんな人は現れなかった。ずっと待ってたのにね。
今では家族もいなくなって、本当に一人っきりになっちゃった。

でも。でもね。今日。そういうのが全然間違ってた事に気付いたのよ。全然違ってたの。私ね。ずっと一人じゃなかったの。小さい頃からね。ずっと誰かが一緒にいたの。
私以外の違う視線が私の中にあったの。私がこれまで生きてきた、どの場面にも影としてそこにあったの」

…『違う視線』…『影としてそこにあった』…
僕はアキコの言葉を聞いて、ある考えが閃いた。そうだ。ディテールだ。主要素だけに目を奪われて、記憶のディテールを見逃していた。記憶の片隅にあるディテールに光を当てれば、影が浮かび上がるはずだ。

僕は力を込めて立ち上がりアキコに向かって叫んだ。
「待っててくれ。もう一度やってみるよ! 」
僕は、川を遡り、暗闇の懐にもう一度飛び込んでいった。

その記憶の中の僕は車に乗っている。
後部座席には髪を振り乱して絶叫する半裸の女が乗っている。母だ。
母は狂っていた。
僕は助手席から身を乗り出して、母の顔に向かって拳を何度も叩き込む。僕は返り血を浴びた。母はもう感覚が麻痺して痛みを感じなくなっていた。母は醜く腫れあがた血だらけの顔に満面の笑みを湛えて高らかに笑い続けた。
僕は母の鉛のように光のない瞳が恐ろしかった。その瞳を消してしまわねば、僕の瞳にも狂気が宿る。そんな切迫した気持ちに苛まれていた。
僕は母の首に手をかけ締め上げた。母の顔色はドス黒く変わり、口からヨダレが滴り落ちた。
運転席の男が、僕の頭を殴り付けた。『母親を殺す気か! 』男は怒鳴った。

ほどなく車は精神病院に着いた。
僕と運転手の男は、母を羽交い締めにして病院のロビーに連れ込んで行く。
患者や病院のスタッフが僕らの周りを取り囲んでる。

僕は記憶のディテールを追った。
ピンクのスリッパを履いた足が散乱する白いフロア。干からびた緑を纏った観葉植物の植木。受付に病院事務の女が二人。奥には売店。その前に長椅子がニ客。立っている男が一人(憶えがない)。座ってる二人の女(憶えがない)。母に手を添える病院スタッフ。その後に立った剥げた男(憶えがない)その男に語りかける年老いた女(憶えがない)それから…。
待て! 剥げた男と年老いた女の間に女の影が見える。
女は僕を見ている。僕だけを見ている。
女の顔には見覚えがあった。それはアキコだった。

アキコは僕のそばにいたんだ。アキコはずっと僕を見ていてくれたんだ。
アキコが実際そこにいても、いなくても記憶の中の影として僕の過去にひっそりと潜んでいたんだ。

僕は次ぎの記憶に飛び移った。
その記憶の僕は車で高速道路のパーキング・エリアに向かっていた。その日そこで父は車に乗ったまま死亡しているのが発見されたのだ。
父が死んだパーキング・エリアに着くと、待っていた警官が事情聴取を始めた。
でも僕には、その質問は聞こえない。僕は警官の肩越しに見える記憶のディテールを追う。僕は視界に登場する女を一人残らず確認していく。
長い髪を風になびかせている女(違う)母親に手を振る少女(違う)腕を組んで歩くアベック・片方の女(違う)饅頭を頬張る太った女(違う)それから…
いた! 赤い車と緑の車の間。アキコは膝を抱いて、しゃがみ込んで僕を見ている。

アキコは僕の過去に住みついて、僕に視線を注ぎ続けていたんだ。僕は孤独であった事など一度も無かったんだ。

僕は最も古い記憶に飛び移った。
大好きだった祖父が首を吊って自殺した夜だ。その夜、父とその兄弟が殴り合いのケンカになった。「お前が殺したんだ!」父や叔父達は罵り合った。
まだ小学校の低学年だった僕は、祖父が寝ていた窓の無い納戸でおびえている。身体の震えが止まらない。納戸の電気は消され、僕は真っ暗な闇の中に一人取り残されている。
そこには明かりがない。だから影は見えない。アキコの姿もまた見出せない。
子供の僕は、孤独に耐えかねて暗闇に手を伸ばす。僕の手は暗闇をさ迷う。
手は、上に行き、下に行き、右に行き、左に行き、また、上に戻る……
触れた!その時、僕は触れたんだ。
僕は、暗闇の中で女の湿った唇に触れた。


posted by sand at 18:35| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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