
Nebraska
Bruce Springsteen
☆長く参加してきた超短編小説会への最後の投稿です。いつもの同タイトルです。超短編の投稿はこれで一区切りにして、もう少し長めをポツポツ書いて行こうかと思っています。たぶん時間がなくて、そんなに書けないと思いますが。
このお話は、かなりヘビーですが、ずっと昔から書いてみたかったテーマなので、書けて良かったです。低レベルだけど。
ハリーとジェシカの二人はドライブに出かけ、父の書斎から持ち出したショットガンで3人の関係のない人間を撃ち殺した。
犯行後、ハリーとジェシカはハイウェイ沿いにあるドライブインに車を停めた。ハリーは周囲を見回した後、後部座席からゴルフバックを引き出して肩に担いだ。ジェシカは黒いサングラスとシルクのスカーフで顔を覆っていた。二人は腕を組んでレストランの扉を開けた。
ランチ時で店内は混み合っていた。ハリーは注意深く店内を見回し、若い男が一人で食事しているテーブルを見つけた。
「すいません。ここ良いですか?」ハリーは丁寧な言葉遣いで相席をお願いした。
「ええ。どうぞ。僕はこのコーヒーを飲むだけです」
「ありがとう」ハリーは礼を言って、ジェシカを窓際の席に座らせた。
「ハリーです。彼女はジェシカ」
「僕はジャック。ゴルフですか?」ジャックはハリーのゴルフバックを眼にして尋ねた。
「ええ。今、撃ってきたところです」ハリーは微笑んでテーブルの横に立てかけたゴルフバックを指で撫でた。
ハリーは運ばれてきたランチを無言で食べた。ジェシカは窓の外を眺めたまま、ほとんど食事に手を付けなかった。彼女は店内でもサングラスとスカーフは外さなかった。ジャックはコーヒーをすすりながらペーパーバックの本を読んでいる。
「ちょっと話しても良いかな?」ハリーは食後のコーヒーを口にしながらジャックに尋ねた。
「もちろん。ご覧の通り時間は持ち合わせています」ジャックは両手を広げた。
「夢の話です。今朝見た夢」
「ふむ。興味深い。聞きましょう」
「大地震か大爆発か、地面が揺れ動き、建物が崩落して大勢の人が逃げ惑っています。ある者は悲鳴を上げ、ある者は子供の手を引き、ある者は恋人の肩を抱いて逃げ回っています。でも可笑しなことに僕には危機感が全くないのです。確かに地面は揺れていますが、それほど激しくはありません。揺り篭に揺られているほどにしか感じません。壊れ落ちる建物もカスタードプリンほどの硬さなのです。それが身体に当たっても僕にはこれっぽちの苦痛さえ感じられません。
僕には周囲の人が逃げ回る理由が分からないのです。僕はその惨事から一人取り残されているのです。
それで僕は僕と同じような感覚を持つ人間を探しました。いわば同志を探そうと思ったのです。しばらくして逃げ回る人の群れの中に一人ワルツを踊る女性を見つけました。彼女は優雅な身のこなしで人の群れをすり抜け華麗にワルツを踊っていました」
「彼女かな?」ジャックは窓際のジェシカに視線を送った。
「いや。残念ながらジェシカではありません。でも彼女と同じくらい綺麗な女性です。僕は彼女に駆け寄り彼女を抱き寄せました。僕らは同志です。この世界でたった二人の同志なのです。でも彼女は僕の腕の中で冷たく崩れ落ちてしまいました。彼女は華麗なワルツの幻影だけを残したまま僕の腕の中で粉々に砕け落ちてしまったのです。
そして僕の手の中には箱が残りました」ハリーは話を止め、コーヒーを口に含んだ。
ジャックは少しづつハリーの様子が変わってきたのを感じていた。ハリーは次第に興奮し、苛立っているようにも感じた。
「僕はその箱を見て愕然としました。何故って? そう。それは僕が幼い頃。地底深く埋めた箱なのです。僕は誰にも知らせず、たった一人でそれを埋めたのです。でも誰かがそれを見ていた。そして、その箱を掘り返し、あの女性に持たせたのです。ああ、なんてことでしょう。なんて卑劣な。なんて野蛮な犯罪でしょう。だってそうでしょ。あの箱には、僕の過去が詰まっているのですよ。ヤツらは僕にその箱を開けさせようとしているのです。ああ、恐ろしい。なんて恐ろしい。僕は…。僕は、その箱を開けたら…。ああああああ!」ハリーは悲鳴を上げて、テーブルに拳を打ちつけた。店内の客は一斉にハリーに視線を向けた。
「ハリー! 落ち着いて! それは夢だ。夢なんだ」ジャックはハリーをなだめようとした。しかしハリーは痙攣を起したように口をパクパク開閉している。
窓の外を眺めていたジェシカが、落ち着いた様子でハリーの両手を握り耳元に何事か囁いた。ハリーは瞬く間に落ち着いた。
「ごめんなさい。怖い夢だったもので…。取り乱してしまった」ハリーは落ち着きを取り戻してジャックに詫びた。
「おお。気にしないで。怖い夢は誰にでもあるものです」ジャックはコホンと咳払いして立ち上がった。
「では。僕はこれで。どうやら長居してしまったようです」ジャックはレシートを手にして、テーブルを離れようとした。
「ヘイ! ジャック! こいつを受け取ってくれないか!」ハリーはジャックに一声かけて立ち上がり、ゴルフバックのファスナーを開け、そいつを引きづり出した。
「祖母から貰ったんだ」ハリーは銀色のペンダントを手にしていた。
「亀か?」ペンダントは亀の形をしていた。
「ああ。幸運を運ぶ亀だと、祖母は言ったよ」
「おばあさんから貰ったのなら、君が持ってるべきだよ」ジャックは優しく断った。
「いや。僕には幸運は、もう必要ないんだ」
ジャックはジェシカの方を見やりながら「なるほど。幸運なら君の横にいるって訳か。そういうことなら頂くよ」ジャックはハリーの手からペンダントを受け取った。
「ジャック!」はじめてジェシカが口を開いてジャックの名を呼んだ。意外なほどハスキーな声でジャックは驚いた。
「ジャック。亀に乗りな」ジェシカはスカーフの奥で笑っている。
「ああ。そうするよ。でもそれは大人になってからだ。本当の大人になってからだ」ジャックはウィンクしてテーブルを離れた。
ジャックが店を出ると、ハリーはジェシカと並んで座り彼女の耳元に囁いた。
「気がついたかい?」
「ああ。わかったよ」ジェシカは小声で答えた。
「あいつ。必死だったな」ハリーは可笑しそうに言った。
「ああ。必死だった」
「でも。僕は騙されない」
「そう。あなたは上手くやったわ」
ハリーは神経質そうに爪を噛んでブツブツ独り言をつぶやいた。
「ああ…騙されるもんか…ヤツらの思うようには、させない。…僕はあの箱を開けるもんか…あの箱を絶対開けるもんか…」ハリーは小刻みに震え始めた。
ジェシカはハリーの両手を握り、優しい言葉を与え続けた。
「ああ、ハリー。ハリー、ベイビー。お願い怖がらないで。あなたは私の一部なの。あなたは私に含まれているのよ」
ジェシカ・テイラー、ハリー・テイラー親子は、その日の午後、包囲された警官たちに頭を撃ち抜かれて死んだ。
Bruce Springsteen / Nebraska
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最期にやられたーって感じが心地よく決まってます。
個人的な翻訳調文体への愛も満たされて嬉しいです。
文中に出てくる夢の中で、ワルツを踊っている女性は志穂美さんです。前に夢の話しましたよね。出演ありがとうございました。
嬉しいです。