
KEITH CROSS AND PETER ROSS/BORED CIVILIANS
土曜日に弟と子供たちが母を見舞いにやってきた。妻と玄関を出ると、ちょうど雪が降り出していた。
母は痛みが治まらず、来週入院することになっていた。弟は、パート勤務で休みが取れない嫁さんを残して、母のアパートに来ていた。私は妻が作ってくれた、おでん鍋を持って母の元に向かおうとしていた。
「これは積もるかもね」妻は空を見上げた。
「困ったね」私は妻に答え、翌日の配達に気を重くした。
途中、本屋に寄って、弟の子供たちに雑誌を買った。母のアパートに着く頃には、屋根に薄っすらと雪が積もった。
「おお」
「ああ」男兄弟の会話は感嘆詞で構成されている。
「ああ、痛そうだろ?」
「ううん。痛そうだね」母の痛みで歪んだ顔を見ながら、兄弟二人つぶやいた。
帰る時間には外は吹雪になっていた。視界が狭まり、白いカーテンで間仕切りされたようだ。帰りは夫婦二人とも黙っていた。
寝る前に雪景色を見ながら、配達で雇っているKさんが明日来てくれるか心配になった。Kさんは少し上の年齢の女性で、休みが要らないという人だった。去年も3日くらいしか休んでいない。うちの仕事の他に二つ仕事を掛け持ちしている。Kさんが働かなければならない理由は幾つかあるのだが、それほどまでに働く理由は見当たらなかった。
「少しは休んだ方が良いよ。俺、代わるから」私は事あるごとにそう言った。
「良いって。出ますよ。あれですよ。自転車って止まったら倒れてしまうでしょ? それですよ」
彼女は多分ちょっと変わった女性なのだろう。でも彼女が乗っている自転車は、よく分かる。止まったヤツから倒れていく。ここいらの常識なんだ。
深夜、起き出して、身支度をする。恐る恐る玄関の扉を開ける。一面の雪景色。でも不思議と道路に雪はなかった。歩いてみると凍結もしていない。私は安堵して車を車庫から出す。
朝の7時。騒々しい製造のパートさんたちに見送られて、私は配達に出た。Kさんも元気に出勤してくれた。
いつもは聴かない珍しいCDを車に積んでいた。KEITH CROSS & PETER ROSSの『BORED CIVILIANS』。
雪は激しく降り続いたが、湿った雪のようで、道路に触れると途端に溶けてしまった。日曜の早朝だけに車の通りは少なかった。『BORED CIVILIANS』を聴きながら雪景色の街を走り抜けた。ジャケットは、いかにも英国フォークなのだが、意外にもプログッレッシブなギターワークを聴かせてくれる。凛と透き通った英国フォークをベースにしながら、変化に富んだ構成で伸びやかな開放感も兼ね備えている。キャラバンのJimmy Hastingsが印象的なフルートを聴かせてくれる長尺のナンバーもある。フォザリンゲイの「Peace in the End」のカバーもあったり、ニック・ロウも参加と英国好きには、たまらない内容の名盤。
途中、春日公園の景色に見とれてしまい、駐車場で一休みする。自販機で缶コーヒーを買ってきて、シートを倒してボンヤリする。『BORED CIVILIANS』の美しい響きの中に浮かび上がる、雪の映像は素晴らしかった。
しばらくウットリと夢心地でいると、どこからか大きな物音が聞こえて、私は飛び上がった。「何の音だろう?」私は辺りを見回すが、雪に阻まれて何も見えない。そこで何が起きているのか、私には見えなかった。


