2006年01月12日

潜水夫(後編)

The Ballad Of Mott.jpg
Mott the Hoople / The Ballad of Mott: A Retrospective

 その頃、僕が付き合っていた彼女は、冬休みに入るとすぐに僕をおいて実家に帰省してしまった。僕はその事に腹を立てていた。
でも。最初に腹を立てたのは彼女の方だった。

 少し前から彼女は、僕の煮え切らない態度に随分イラついていたようだった。
その日も彼女は不機嫌で、何かにつけて僕に文句をつけた。
僕は我慢できずに「だから、どうしろって言うんだよ! 」と声を荒げた。
「そんな事、自分で考えなさいよ!いちいち言わなきゃ、わかんないほど子供じゃないでしょ! 」
「言えば君の思う通りにするよ」僕はふて腐れて言った。
「あなたが、どうしたいのかよ! 私が知りたいのは。あなたが何を考えて、私に何を求めているのか、全然わかんないのよ! 」
それで彼女は、僕の元から立ち去った。

 神社が近づくにつれて横を走る車の量が増してきた。歩行者も少しずつ増え始めた。
神社の参道が見え始めると初詣客が賑わいを見せてきた。それぞれ思い思いの願いを秘めて参道を登っていた。参道は細い明かりのライトが瞬き、ささやかな幸福を照らし示しているように思えた。ここでは子供も若者も中年も老人も男も女も同じように目に映った。
誰もが新年の輝きを身にまとったように希望の光を放っていた。

 その光景は僕らには眩しすぎた。少なくとも、その頃の僕らには希望など噴飯ものだった。実にくだらない事だったんだ。
ロミ郎と僕は、参道の手前で呆然と立ち尽くしていた。
やがてロミ郎は口を開いた。「おまえは願い事があるか?」
僕は暗い声で答えた。「願うくらいならマスかいて寝るよ」

 その日、始めてロミ郎は笑顔を見せた。僕らは神殿の方向にツバを吐いて、元の道を引き返し始めた。その年の初詣は、そんな風に終わった。
道を歩きながら、僕はなんだか全てがバカバカしく思えてきて噴き出して笑った。
それを見ながらロミ郎も笑った。
僕らは何故だか胸の奥を熱い想いで奮わせながら、しばらくの間、笑い合った。

 新年の朝は、グズグズといつもでも明けなかった。どこまで歩いても暗く寒い道程が続くばかりだった。神社の手前で感じた痛快な興奮は、長くは続かなかった。僕らは暗く冷たい歩道に頭を垂れるように重い足を引き摺るようにして歩いた。
もう酒を飲む気にはなれなかった。寒さは全身に広がり手足は凍りついたように感覚をなくした。
僕は自販機の前で立ち止まると震える手でコインを投入し、ホットコーヒーのボタンを押した。ロミ郎も僕にならって缶コーヒーを手にした。
通りの向こうに小さな公園が見えた。僕らは走って道路を横断すると息を切らして公園のベンチに腰を下ろした。
震える体内に熱いコーヒーがジンワリと染み渡っていった。僕は一息ついてタバコに火をつけた。ほのかな暖気が煙となって体内に渦を巻いて行く。

 僕は尻の辺りが冷えてきて、その場に立ち上がった。ベンチが濡れていたんだろう。僕は、そのままブランコに近寄り、乗り台を小さく揺らした。キーキーと小さな音が闇に響いた。その音は何故だか僕の心を締め付けた。
その時は、その気配に気がつかなかったのだが、ロミ郎は僕の真後ろに立っていた。
そして不意に僕を抱きしめた。

ロミ郎は僕に覆い被さるように強く強く僕を抱いた。
時間が止まったように、僕らはずっとそのままの体勢を取り続けた。
僕はロミ郎の鼓動を背中に感じた。

長い長い静寂の中、僕は何とか口を動かした。
「暖かいな。お前」

ロミ郎は大きな音で鼻をすすった後に、こう言った。
「違う。俺は冷たい男なんだ。俺に触れた人間は、誰だろうと凍っちまう」

ロミ郎は僕から身体を離すと、その場から歩き去った。
僕はロミ郎を追わなかった。多分、ロミ郎にもそれが分かっているはずだ。

僕はその場所で残りのコーヒーを飲み干した。そして彼女の事を思った。
僕は、彼女の笑うとクシャクシャになる綿菓子みたいな顔を求めていた。
彼女の細い指先を求めていた。彼女の甘い香りを求めていた。
彼女の柔らかい肌を求めていた。それだけだ。それだけで充分だった。
でもそれは、彼女を傷つける結果になったのかもしれない。


再び、僕がロミ郎の姿を見たのは、それから随分後の事だった。
僕はバイトで遅くなり、暗い夜道を自転車で帰宅していた。大きな交差点で信号待ちしていると横に大きな車が止まった。
その車の助手席の窓にロミ郎の顔が浮かんでいた。僕がいる場所は陰になっていてロミ郎からは分からないようだった。横の運転席には、初老の紳士が乗っていた。キチンとした身なりをしていた。父親と呼んでも可笑しくはなかった。
でも僕にはその初老の男が、ロミ郎と付き合っている恋人だと分かった。車の窓に浮かぶロミ郎は、まるで女の子のように美しかったからだ。

青いネオンライトで照らされた車中は、まるで海水の中のように青白かった。
ロミ郎は海水で満たされた車の中で必死で息をしようと、もがいているように見えた。

その頃の僕らは、愛と呼ばれる海中で、息を継ぐ方法が分からなかったのかもしれない。
見習いの潜水夫のように苦しくて仕方がなかったのだ。

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posted by sand at 16:10| Comment(0) | 超短編小説・ロミ郎シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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