
Sting / The Soul Cages
某月某日
国民健康保険の口座引き明細を手にして呆然とする。背後から女房が気配を消して近づいて来て、そっと、それを覗き込む。
女房は『キャン』と鳴いて飛び上がり、そのまま床に伏した。
今年は下の娘が高校受験で、来年は上の娘が大学を目指す。来年、再来年のことを思い浮かべる。我々はいったい、どうやって生活しているのだろう? 黒々とした不安感が足に絡みつく。私は身動き出来ずに立ち尽くす。
某月某日
重い気持ちを晴らそうと、いつもの体育館に行って走る。今日はやけに人が多く、みんな楽しそうに話し合っているように感じる。ここに通って数ヶ月経つが、まだ誰とも会話したことがない。ただイヤフォンで音楽を聴きながら黙々と走るだけだ。飛び込みセールスは得意だから、いつでも話しかけることが出来るさ。心の中でそう言い聞かせるが、そんな時は訪れない。誰かと視線が合うと気まずく逸らしてしまう。そして自分を恥じる。私はまず『人として不完全なのだ』。そんな言葉で割り切ろうとするが、今日はそれも出来ず、逃げるように体育館を立ち去る。
某月某日
深夜の配達にStingのThe Soul Cagesを持って出る。Stingのアルバムはシングルカットされた曲を除くと暗くて女々しい音が詰まっていて、わりと気に入っている。The Soul Cagesは最も暗く陰気なアルバムだ。彼の亡くなった父に捧げられたアルバムだと聞くが、私にはStingがStingでいることに苦しんでいるように聴こえる。Stingになろうとか思う人間はStingくらいしか、いないのかもしれない。
去年も1日も休まなかったが、今年も休んでいない。休もうと思えば信頼できるパートさんはいる。でも、そう出来ない。面倒なのだ。自分でやれば楽だし。自分がいれば済むことだ。
ハンドルを握りながら自分は自分でいることが苦しみなのか、楽しみなのかを考えてみる。いくつかの材料を並べて量りにかける。天秤は上下に揺れて落ち着かない。量れるはずもない。
それで大きなアクビなどして、自分を誤魔化したりした。
Sting - Why Should I Cry For You?



この時期のスティングはピーターガブリエルの立ち位置に憧れていたのではないかと思います。けれどガブリエルは首尾一貫して変人だったので、どんなに成功しても誠実さを保持できた。でもスティングはクールな切れ者なので、金持ちの慈悲みたいな嫌味さしか残せなかった。
それでもスティングは勝ち続ける道を選ぶんですね。それはスティングはスティングから逃げられなかった(逃げたくなかった)からではないかな? まあ言うだけならいくらでも言えるけど、やるのは難しい。そして孤独な作業なのだと思います。