2006年03月11日

ヒアシンスの家

L.A.Woman.jpgひやひや.jpg
Doors / L.A.Woman

 私の実家は過去3度の転居を経てきた。
私が産まれた最初の家は、市街地からずっと奥へ入り込んだ、谷間の山肌にすがり付くように建っていた。私の先祖が代々住んできた家だ。私が唯一故郷だと感じるのも、この家だ。

 祖父が亡くなった後、父が市街地に買った建売住宅が次の実家になった。小学5年の2学期から結婚するまでの十数年をこの家で過ごした事になる。それは私の思春期とピッタリと重なり合う。
しかしながら、この家への愛着は殆ど無い。特に不便でもないし、住み心地も悪くは無かったが、不思議と想いが残っていない。私は大学入学と同時にこの家を離れ、以後、転々と棲家を代えた。この家を避けるように。

 今現在、我々が引き払おうとしている家が、父が死ぬ前に自分で建てた3番目の家だ。
当時の父は破産状態にあり、病気(肝臓癌)も深刻な状態まで進行していたはずだ。それでも父は、どのような手段を使ったのか、所有していた土地に50坪ほどの家を新築した。
その家は、河川敷に面するように建っていて、リビングからは眩しいほどの緑をたたえた土手と緩やかに流れ行く河川が見渡せた。土手の中ほどには良く整備された遊歩道が通っていて、道の両脇を覆い尽くすようにヒアシンスの花が咲き誇っていた。

その家を建てた半年後に父は死んだ。

 生前の父は、その家がいかに低予算で建てられたのかを楽しそうに自慢していた。確かに、この家には風格と呼べるものが欠落していた。どこかハリボテを想わせるキッチュな佇まいを感じさせた。
どの柱も、どの壁も、妙に安っぽく立体感さえ感じさせない造りになっている。まるでボール紙で形作った模型だった。ひどく不安定で頼りない。この家には主張と言うものがなかった。リビングを除けば・・・。

 どうして父はリビングだけを30畳ほどの広さにする必要があったのだろうか?その部屋と仕切られた台所は4畳半ほどの、こじんまりした造りになっていた。
台所だけではなく、それ以外のどの部屋もまるで生活感のない(生活しようとする意欲のない)単純に仕切られた部屋になっている。どの部屋も光の当たらない暗く陰気な感じがする。

 30畳はある広々としたリビングは広さ以外になにもない部屋だった。天井は悠に8mはある途方も無い高さだ(洋館ならともかく純和風で簡素な造りでは違和感がある)。電球を替えるのに足場を組む必要があった。河川に面した壁は一面ガラス張りになっていた。縦横約6mにも及ぶガラスが張られている。部屋には燦燦と日光が差し込み、明るい光に満たされた。いや、不必要なほど明るかったと言えるのかもしれない。
 リビングには緑色のソファが一組だけ置かれ(他には何も置いていなかった)生前の父は、そのソファに座って、ぼんやりと川を眺めていた。

 あきらかに父は死ぬためにこの家を建てたのだ
最初から生活するつもりなどなかったのだ。不必要なほどの広さのリビングを造り、父はこの地から解放され、どこかに突き抜けようとしていたのかもしれない。

 この家は家族の持つ親密さを最初から拒絶する造りになっていた。そこには多量の光が氾濫し、本来見える必要のない物まで、さらけ出されてしまう気がしていた。
父は広大なリビングの中で孤立を深めていった。父は我々の元を離れ、光の海を泳いでいたような気がする。

 確かに広々とした良い家かもしれない。でも私は長い間、落ち着かない想いを抱えていた。
私は、もっとこじんまりとした、そこに住む人の息遣いが感じられる家が望みだった。手を伸ばせば、すぐに、その人に触れる事の出来る家だ。

 祖母が死に、私は長い間、暖めていた計画を実行に移す事に決めた。この家を引き払い、残された過去を全て焼き払う。私は私の家を持つのだ。どんな小さな家でも良かった。
私の想う家だ。父の想いとは違う。私は、そこで新しい過去を産み出すのだ。
実際の過去を焼き払い、もう一度、新しい過去を創出する必要があった。焼け跡に新しい物語を作り、そこに死んだ祖父母や両親を住まわせる。新しい想い出を作りたい。

 誰も死なない。誰も立ち去らない。誰も哀しまない。ヒヤシンスの家だ。
みんなは、そこで笑っていて良い。楽しそうに笑っていて良いんだ。


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posted by sand at 20:50| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 家の実家のところは道路拡張のために5メートル削られ、自分が住んでいたころとほとんど風景が変わってしまったために郷愁がなくなってしまいました。まだ両親が健在でそこに住んでいるということで懐かしさはありますが・・。懐かしの金屑川は以前のような強烈なヘドロの臭いもしなくなったし、市内電車はもちろんないし・・。
 とりあえず、SANDさんの再出発を喜ぶこととします。
Posted by ITORU at 2006年03月11日 21:36
私は生涯で凄く引っ越し回数が多い人間なんですが、不思議なことに、夢に出てくるのは必ず小学校のときに住んでいた借家なんですよ。あとは小学校の旧校舎かな(小学5年のときに燃えてしまった)。中学校や、それ以降に住んだ家は絶対夢には出てこないんです。それを考えると、建物が人格形成に及ぼす影響って大きいんだなと思って怖くなります。
お父様が建てた家の描写は素晴らしいですね。私まで痛々しいほど日当たりの良いそのリビングに座っている気持ちになりました。
sandさんご一家の新しい家作りを蔭ながら応援いたします(って工務店かアタシは。)
BGMは「My Blue Heaven」で。古いねこりゃ。
Posted by ショコポチ at 2006年03月12日 17:22
こんばんは! すごく面白かったです。
私は昔から「非常識な家(私にとって最大の褒め言葉)マニア」なんです。変わったお家や部屋が大好物。
お父様の「ヒアシンスの大リビング」は圧巻ですね。ものすごいロマンを感じます。家のダンナもめちゃめちゃ羨ましがってます。
ちまちま生きた人は、余生に入っても案外ちまちましたことにとらわれたままだから、お父様はとてもスケールの大きな方だと思いました。

私の実家は父親の素人設計だもんだから、広くもない壁にドアがふたつ並んでたりとか、ちょこっとづつヘンです。でもヘンのスケ−ルは小さいです。
知人のダンナのお父さんは「少年アシベ」の父ちゃんのような人で、実家の平屋を自力で二階建てにしたはいいけど「お姉さんの部屋の窓の外のハシゴ」でしか二階に上がれなかったとか、和室のまん中にバスタブ入れて浴室にしたりとか、なかなか凄い仕事ぶりのいいお方です。
ちなみに、私の妹の家(妹のダンナ設計)のトイレには、外部への脱出口がついています。ホワーイ!?
Posted by 志穂美 at 2006年03月12日 21:27
お父さんの建てた家、見たいです。
ほんと、この話には惹かれます。
実話のほうがフィクションを乗り越えるって例の典型みたい。なんて、平凡なこと言ってる自分の陳腐さが悲しくなる。お父様の並外れた感性と太っ腹さが羨ましいですね。
「光の部屋」って、いいなあ。「未知との遭遇」の頃のスピルバーグのテーマだなあと思いました。(これもなんて月並みな)
映画監督並みに、自分の人生をプロデュースしようという意思が凄い。偉い!

延々と絶賛しそうなんで、このぐらいにします。
そう言っている私は、暖房が効かなそうな家には絶対住もうと思わないんで、不細工でも小部屋ばかりの家が好きです。さらに、広い部屋に布団で寝ると、空気の重さ(あるわけないけど)が嫌なんです。貧乏性ゆえでしょう(笑)
でもヘンな造りの家ほど、記憶に残りますよね。やはりそういうのに、あこがれます〜
Posted by ring-rie at 2006年03月13日 01:03
ITORUさん

>自分が住んでいたころとほとんど風景が変わってしまったために郷愁がなくなってしまいました。

あ、これはウチもそうですね(2番目の家)。拡張工事でバイパスが抜けたので、すっかり様変わりしてしまいました。

>懐かしの金屑川は以前のような強烈なヘドロの臭いもしなくなったし、市内電車はもちろんないし・・。

ああ〜かなり昔ですね(^O^)市電が走ってた頃の福岡市は見た事ないですね。多分、岩田屋の屋上には上ったと思うけど憶えていないですね。
30年前くらいの天神に行ってみたいものですね〜。

>SANDさんの再出発を喜ぶこととします。

どうもありがとうございます。まだ住む家は見つからないんだけど、実家の整理だけは終わりました。
昨日サヨナラしてきました。

ショコポチさん

>夢に出てくるのは必ず小学校のときに住んでいた借家なんですよ。

ああ、これはそうですよ。私も必ず同じ家が夢に出ます。何故でしょうね?生涯の4分の1しか住んでないのにね。

>建物が人格形成に及ぼす影響って大きいんだなと思って怖くなります。

う〜〜ん。考えた事もなかったですね。なるほど、そうなのでしょうかね。最初の実家は大きくて虚ろな家でしたね。それで虚ろな性格になったのかな〜?

>新しい家作りを蔭ながら応援いたします

ども、ありがとうございます。まだまだ始まったばかりです。

>BGMは「My Blue Heaven」で。古いねこりゃ。

こりはドリス・デイですかね?あなたの歳は未だに分かりませんね。80歳の婆さんでも通用するよ。
どうして憶えてるんだろう?そこが人気の秘訣ですかね(安易にまとめてみた)
Posted by sand at 2006年03月13日 14:58
志穂美さん

どうもお久しぶり、おウチの工事は進んでいますでしょうか。遊びに行く時間が取れるようになると良いですね。それから読んで頂いてありがとうございます。

>「非常識な家(私にとって最大の褒め言葉)マニア」なんです。

やっぱりマニアがいましたか(^O^)

>「ヒアシンスの大リビング」

ほんとに家自体は貧弱なんですが、リビングでハッタリかまされます。死んだ親父の生き方そのものですね。考えてみると。

>お父様はとてもスケールの大きな方だと思いました。

確かに夢想家でしたね。夢ばかり食ってるバクみたいな男でした。すご〜く好きなのと(憧れ)と負債背負わされた憎しみ半々です。でも親父の生き方は筋の通った生き方だったと思います。
で、息子の私も筋を通して後処理に追われていると(^O^)

>ドアがふたつ並んでたりとか、ちょこっとづつヘンです。

へ〜面白いな〜。家って結構、個性的なんですね〜。そうなんだ〜。

>「お姉さんの部屋の窓の外のハシゴ」でしか二階に上がれなかったとか、和室のまん中にバスタブ入れて浴室

こりゃムチャクチャ凄いじゃないですか!考えられないな〜。和室の真ん中にバスタブって、どんな突飛な発想(あるいは人格の歪み)があったんだろう?

>私の妹の家(妹のダンナ設計)のトイレには、外部への脱出口がついています。ホワーイ!?

これは逆に外から妖怪『尿取り小僧』が入ってきて、尿を尿瓶に取って拭いてくれるのでは?
『垢なめ』って妖怪いましたね。

ring-rieさん

どうも読んで頂いてありがとうございます。
志穂美さんのコメント読んだら結構妙なこだわり持った家ってあるんですね〜。ちょっとビックリしました。

>お父様の並外れた感性と太っ腹さが羨ましいですね。

いやいや。あの人は破れかぶれだったから。

>「未知との遭遇」の頃のスピルバーグのテーマだなあと思いました。(これもなんて月並みな)

この映画好きですね〜。何度も見なおしたスピルバーグは、この映画だけなんじゃないかな?

>自分の人生をプロデュースしようという意思が凄い

確かに父の存在そのものですね。あの家が。今から思えば・・。

>不細工でも小部屋ばかりの家が好きです。

これは私もなんですよ。こじんまり人間なので広い部屋は落ち着かないんですよ。

>広い部屋に布団で寝ると、空気の重さ(あるわけないけど)が嫌なんです。貧乏性ゆえでしょう

うんうん。わかる。わかる。異常に余白が多いと重く感じますね。空白の圧力ってあるのかね?とにかく広い部屋に寝ると上から落ちてくるんですよね。余白がね。
ズトンとか圧し掛かってくるんですよ。『座敷わらし』だったかも?
Posted by sand at 2006年03月13日 15:23
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