2006年03月15日

べる・ぼとむ・ぶる〜す(後編)

The Cream of Clapton.jpg
Eric Clapton / The Cream of Clapton

スウ・スウ・ハク・ハク、スウ・スウ・ハク・ハク・・・。

完璧な4拍子!ベストな呼吸法だ!
私は恐怖にかられながら恐る恐る後ろを振り返るのだった。

 アライグマ男だ。私の背後をピッタリとマークしている。
何故だ?何故、アライグマ男は私の走りについて来れる?理想的な呼吸法をマスターしている?
私は後方から迫ってくる汗だらけ、ヨダレだらけの臭い男に凍りつくほどの戦慄を覚えるのだった。

 私はペースを維持して走りながら、何度も後ろを振り返り、アライグマ男のフォームを細かにチェックした。
せまい歩幅、小さくシャープな腕の振り、めまぐるしい脚の回転。
ピッチ走法だ!ヤツは、高橋尚子ばりのピッチ走法を習得している!
うかつだった。ただの素人クマだと見くびって戦いを挑んでしまった。
ヤツは、かなりの修練を積んでいる。走りのエキスパートだったのだ。

 次に、私はアライグマ男が浮かべる表情に着目してみた。メンタル面のひ弱さが見られるのなら勝算が有る。
アライグマ男の顔に浮かんでいるのは・・・夢見るような眼差し。薄ら笑いを浮かべた口元。激しく紅潮し火照った頬。デロデロと垂れ流されるヨダレ。鼻から噴出される鼻水混じりの熱風。
ヤツは夢中だ!自分の走りに夢中なんだ!あの恍惚とした表情を見ろ!紛れもないエクシタシーだ!ヤツは、自らの走りに陶酔し、溺れてもいる!

 あわわわわ。その瞬間、私は自分の負けを悟った。
ヤツは化け物だ。薄らバカにしか出来ない圧倒的なモチベーションを維持している。
私には、陶酔した走りに勝る実力はなかった。走る事に喜びを見出すほどには達観してはいなかったのだ。
またしてもアライグマ男の前に沈むのか?私の中で屈辱の炎がメラメラと燃えあがるのだった。

 私は勝負に出た。どんな手段を使っても勝たねばならない。
私は自らのプライドとスポーツマン・シップをアッサリと捨て去り、何がなんでも勝ちに行くのだった。

 私は、コースの右手に現れた地下街へ下りる階段に、身を翻して飛び込んだ。
アップダウンだ。あの巨体はアップダウンに弱い。
私は必死の形相で階段を駆け下りた。地下街に降り立つと通行人を跳ね飛ばしながら通路の向かい側に有る地上へと繋がる階段を駆け登った。
私の顔は、鬼の形相に変わっていた。血管は太く浮き上がり、鼻の穴は500円硬貨ほどに丸く広がり、口からは大量のヨダレを垂らしながらゼーゼーと荒い息を吐いた。
血走って真っ赤に充血した眼。滝のように滴る汗。
異常者だ。私は培ってきた人格を全て捨て去り、アライグマ男との真剣勝負に挑んだ。

 再び地上に出ると、歩行者を突き飛ばし、老人に蹴りを入れ、子供を投げ飛ばし、車のボンネットに乗り上がり、赤信号の横断歩道に飛び込んだ。
突然、飛び出してきた歩行者に急ブレーキをかける乗用車。悲鳴のようなブレーキ音が響き渡る。私は怯まず車の隙間をすり抜け、前に向かって突進する。急停車した車に後続車が追突した。爆音と火柱が上がる、交差点で激しくスピンする車を避けて、一台の車が道路脇の店舗に突っ込んだ。ガラスの割れる音と人の悲鳴が飛び交う。もう一台の車はガソリンスタンドに突っ込んだ。地面を揺るがす爆音が響き、ガソリンスタンドは火柱と黒煙に包まれる。
辺り一面は、火の海となった。泣き喚き、逃げ惑う人々。パトカーや救急車のサイレンが街中に木霊し、空をヘリコプターが飛び交う。

 それでも私は勝負を続けた。私は負けるのが怖くなっていた。
負けを認めるくらいなら、全てを破壊してしまいたかった。何もかも無かった事にしてしまいたかった。

 私は背後に迫って来る不気味な足音に身体を引き攣らせ、狂うほどの恐怖を感じた。
ヤツはすぐ後ろにいる。すぐ後ろまで来ている。

 炎を上げ続け、地獄絵図と化した町並みを背景にして、その男の野太い声が喧騒を切り裂いた。

「ラ〜〜ブ・アンド・ピ〜〜〜ス!!」



いくらなんでも、このオチはマズイだろう。本当にスイマセン。昨日の時点と全然違う結末でした。


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posted by sand at 17:10| Comment(0) | 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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