2006年03月16日

僕は待ち人

Live at Max's Kansas City.jpg
The Velvet Underground / Live at Max's Kansas City

 僕が最初にロミ郎を意識したのは、その匂いからだった。
ロミ郎は相変わらずホモで変態だったが、僕らの関係は、それまでと少しも変わり無かった。
僕らは、それぞれの部屋を行き来して、酒を飲んだり古い映画のビデオを観たりしていた。僕らを親密と呼ぶには、お互いあまりにも無口だったが、僕はロミ郎と一緒にいる事を好んだ。
それまで付き合っていた女の子とは、自然消滅したようで連絡を取り合う事はなくなっていた。その事は、寂しくもあり気楽でもあった。僕は自分の事で精一杯で、彼女の気持ちを深く考えるのが億劫になっていたのかもしれない。

 僕はある時、見知らぬ男の車に乗るロミ郎を偶然見かけた事がある。
車のウィンドウ越しに見えたロミ郎は、女の子のように美しかった。僕は、いつまでもロミ郎の横顔を眺めていたい、とその時は思った。でも、それはその時だけだった。それから何度もロミ郎と会ったが、そんな気持ちになる事は一度もなかった。

 ただ、その日から妙にロミ郎の匂いが気になるようになっていた。
それまで気がつかなかったのだが、ロミ郎は、とても良い匂いがした。女の子の匂いとも男の匂いとも違っていた。なんだろう?すごくサッパリした匂いだった。
レタスとかパセリとか、そんな繊維質の匂いがした。僕はロミ郎の横で、その匂いを嗅ぐのが楽しみになっていた。
深夜、僕らはウィスキーを飲みながら並んでビデオを観た。画面に映し出されるマイケル・チミノの映像とロミ郎の匂いが混ざり合って、しんみりとした美味い酒が飲めた。それはとても美しい夜に思われた。

 その日も僕はロミ郎の部屋を訪ねた。特に約束した訳ではなかったが、僕らは、いつもそんな感じでフラリとお互いの部屋に現れた。僕らの日常は基本的に一人ぼっちで孤独だったからだ。
 
 ロミ郎の部屋には珍しく客が来ていた。玄関には男物の靴が、ロミ郎の靴と並んで置いてあった。
「邪魔だったな。また来るよ」僕は靴を見てロミ郎にそう告げた。
「おい。気にするな。もう帰るみたいだから上がれよ」ロミ郎はいつものように、ぶっきらぼうに言った。

 僕は少しだけ迷った。"車を運転していた初老の紳士かもしれない"
好奇心が勝った。僕は靴を脱いで、ロミ郎の部屋に上がり込んだ。

 テレビの前に置かれたテーブルに座っていたのは、ガッシリした体格をした中年の男だった。背広の上からでも太い腕や腿が見て取れた。モジャモジャした汚らしいパーマのかかった髪をして、度の強い厚い眼鏡をかけている。お世辞にも良い男とは言えなかった。ただ妙な威圧感だけは強く感じた。僕はこの男が好きになれそうもない。とっさに僕はそう思った。
 中年の男は、僕を見ると深くお辞儀をした。僕も軽く頭を下げる。ロミ郎が僕の名前を紹介した。僕は「始めまして」と小声で言った。
中年の男はロミ郎の言葉を待たず、自分から名を名乗った。

「はじめまして。袴田と言います。ハ・カ・マ・ダです。キタヤマダ君。でしたよね?」袴田は念を押すように僕に聞いた。僕は黙ってうなずいた。
それから、袴田は眼鏡を外した。眼鏡を外した顔を先ほどとは打って変わって鋭い刃物を思わせた。大きくて飛び出すような瞳には、鋭い光が宿っていたからだ。
僕はその眼光に萎縮してしまった。何か得体の知れない力が宿っているような瞳だった。僕はそんな瞳を持った男を、もう一人だけ知っていた。
ルー・リード。ロックンロール・アニマルと呼ばれた男だ。
 
 ロミ郎は何の抵抗も無く、袴田が座っている隣の椅子にスッと座った。
その事が、僕を傷つけた。

 どうして僕は、その事で傷つくのか自分でも理解出来なかった。ただ、どうしようもないくらいの深い傷が、僕の胸の真ん中にポッカリと穴を開けた。僕には袴田とロミ郎が並んで座っているのが、どうしようもないほど苦痛だった。何故だ?何故こんなに苦しいんだ?僕はロミ郎が好きなんだろうか?
その時、始めてその事に思い当たった。僕はホモなんだろうか?
僕は、これからの人生をホモとして生きて行くのだろうか?

 僕は混乱した。ロミ郎と袴田は、僕の苦悩には気付かずにテレビの話題を話し合っている。袴田の隣に座るロミ郎は美しかった。いつか車の窓ガラスに浮かんでいた顔と同じだった。どうして、そんなに美しいんだろう?男じゃないか。親友じゃないか。僕は自分を騙そうと懸命になっていた。
コーヒーカップを取ろうと手を伸ばしたロミ郎の指と袴田がテーブルに投げ出していた指が触れたような気がした。
 それを見て僕の中の何かが壊れた。僕はこの場から一刻も早く逃げたかった。
ロミ郎と袴田の身体が触れ合う場面を見るのが、耐えられなかった。

 僕は席を立って「気分が悪い。今日はこれで帰る」とだけ言って、その部屋を後にした。袴田の目は笑っていただろうか?あの男には何もかも気付かれているような気がしていた。

 玄関先までロミ郎が僕を追ってきた。
「大丈夫か?」ロミ郎の指が僕の手に触れた。僕は電気に打たれたように飛び上がった。どうしたんだろう?まともじゃない。僕は自分が分からなくなっていた。早くこの部屋から立ち去りたい。それだけを思った。

「大丈夫。悪かったな」僕はそれだけをロミ郎に告げた。ロミ郎の瞳は、どうしようもないほど綺麗だった。どうして、その瞳が僕の物じゃないんだ?
僕は、そう考えて、慌てて首を振った。

 逃げるように表に飛び出して、アパートの階段を駆け下りた。
ここを離れよう。僕の気持ちとは裏腹に身体はそれ以上前には進まなかった。
ロミ郎が僕を追って出てくるような気がした。

 僕は未練がましくアパートの駐車場からロミ郎の部屋の窓を眺めていた。
今、あの部屋でロミ郎と袴田は抱き合っているのだろうか?
その考えは僕の胸を締め付け、僕の頭を混乱させ、僕の心を狂わせた。

 僕には、そこで待つことしか出来なかった。
もしロミ郎が僕を追って出て来たとしても、僕は今以上に混乱してしまう事は分かっていた。
それでも、僕はロミ郎を待ちたかった。待つ事以外出来なかった。




ホモのロミ郎のお話は3話目になります。
1話目は、こちらで
2話目前編は、こちらで
2話目後編は、こちらで

老いも若きもヨロシク・人気blogランキング
posted by sand at 18:33| Comment(4) | 超短編小説・ロミ郎シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ロミ郎シリーズ好きだわ〜〜切ない。妖艶。

>レタスとかパセリとか、そんな繊維質の匂い

これいいな〜。私、目も耳も(顔も頭も?)悪いんで、嗅覚だけは異常に発達してるんですよ。
「匂い」って根源的な何かですよね。ああ〜〜シン様の匂いが、嗅いでみたい…(以下自粛)
Posted by ショコポチ at 2006年03月17日 15:04
ロミ郎シリーズ絶好調ですね。今回は特に泣けました。言い出せない、自分でも理解できない同士の恋心って切なくて好き。
袴田さんがどうマトモな人じゃないのかが楽しみです(案外マトモだったりするのかしら?)

>「匂い」って根源的な何かですよね。ああ〜〜シン様の匂いが、嗅いでみたい…

ウンウン。匂いって本能的でエロティックですよね。CDからもDVDからも漂ってこないから、わかんないし(笑)
わたしも、レイってどんな匂いやろ?って想像に耽ったことがありましたよ〜(;´Д`)ハアハア
(変態マダムの集いみたいなコメントでスンマセン)
ちなみにわたしはセロリとグレープフルーツの匂いが好きですね。
あと、いちごの匂いって幸せの匂いだと思うんだな。
Posted by tallulah at 2006年03月17日 19:29
わー、ウェイティング・フォーザ・マンの素晴らしい解釈ですね。只「待ち合わせソング」的に受け止めていた単純な私はノックアウトです!
切ないシチュエーションがぴったりですね。
映画的で、ルーの歌に合わせたエンドクレジットが目に浮かぶようです。

私はアレルギー性鼻炎でもう何十年も嗅覚がありません。なので、2年に一度くらい間違って一瞬嗅覚がよみがえると、もうそのリアリティーに圧倒され畏縮してしまいます。
ちょっと歩くと感じる匂いが変わるなんて、疲れてしまいます。食べ物も大分受け付けなくなります。すごいものだと思います。
なので、匂いの生々しさは私にとって永遠のロマンです。
Posted by 志穂美 at 2006年03月17日 20:22
ショコポチさん

>ロミ郎シリーズ

どうも読んで頂いてありがとうございます。
ロミ郎は書いてて面白いです。なんでかな?よく分かりません。

>ああ〜〜シン様の匂いが、嗅いでみたい

パ〜やん!(^O^)私、女の人の匂い好きですね〜。昔、タモさんが、ほんの少しワキガの女性と酒を飲むと、すごく美味しく飲めるとか言ってましたけど。うんうん。年取ったら分かるようになりました。多分、ドスケベになったからでしょう。

tallulahさん

どうも読んで貰った上に感想まで頂きまして、ホントにありがとうございます。

>袴田さんがどうマトモな人じゃないのかが楽しみです

ネチネチした変態にしたいですね。プレイ教えて下さい。って知らないよね(^O^)

>ウンウン。匂いって本能的でエロティックですよね。

ウンウン。これは納得。

>レイってどんな匂いやろ?って想像に耽ったことがありましたよ〜(;´Д`)ハアハア

お前もかい!しかもハアハア含みかい!

>(変態マダムの集いみたいなコメントでスンマセン)

なんかずっと昔から、そうだったような気がする。

>セロリとグレープフルーツの匂いが好きですね。

セロリは好きだけど、グレープフルーツは鼻がシバシバするよ。

>いちごの匂いって幸せの匂いだと思うんだな。

ふ〜〜む。そう来たか(って、どう来たんだ?)幸せの匂いは、やっぱり白ご飯かな〜僕はね。

志穂美さん

>ウェイティング・フォーザ・マン

この曲は昔からそんなに好きじゃなくて、ヴェルヴェッツだったら「スィート・ジェーン」とか「ロックン・ロール」とか「キャンディ・セイ」とか「ジーザス」とか「ニュー・エイジ」とかの方が好きだったんですけど、ここ何年かで、やっぱり傑作だな〜とか思うようになりました。

>ルーの歌に合わせたエンドクレジットが目に浮かぶようです。

ヴェルヴェッツだけの曲を使った映画が見てみたいですね〜。もうあるのかな〜。

>アレルギー性鼻炎

あ、私も慢性鼻炎だけど匂いはわりと嗅ぎわけますね。それは、ちょっとお気の毒です。

>2年に一度くらい間違って一瞬嗅覚がよみがえる

住宅ローンで言うと2年固定といった所でしょうか(全然違う)

>ちょっと歩くと感じる匂いが変わるなんて、疲れてしまいます。

そんなに変わらないよ。でも食堂街とか行くと疲れますね。どこも良い匂い。

>匂いの生々しさは私にとって永遠のロマンです。

この前の杏の花とか良い匂いしましたよ。あ、そうそう杏も幸せっぽい匂いだな〜やっぱり浪漫ですかね。
Posted by sand at 2006年03月17日 21:58
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。