2006年03月28日

アップ・オン・ザ・ルーフ

James Taylor.jpg
The Best Of James Taylor

☆推奨BGM:James Taylor「Up on the Roof」フル試聴は、こちらで。キャロル・キングの曲ですが、とても良いヴァージョンです。

 梯子の上からアライグマ男が手を差し伸べている。私は彼の腕を掴み、屋根の上まで引っ張り上げる。

 我々は屋根に登っていた。私の家だ。
それはポカポカした陽射しが溢れ、ホワホワした、ふくよかな香りが漂よう、春の午後の事だった。
 古くなった瓦を取り替えようと屋根に登ると、そこはちょっとした別世界だった訳だ。

 見慣れて色褪せてしまった近隣の景色が、一瞬のうちに鮮やかな彩色を施され、おろしたてのスニーカーみたいに真新しく様変わりしてしまっていた。屋根の上から見上げる青空は、ずっと近い場所に降り注ぐように存在していた。
 
 青い空と緑の山並が交わる、なだらかな曲線。山のふもとを流れる河川敷。青々とした土手の草木が風に身を震わせている。ポツンポツンと立ち並ぶ住居に映える色取り取りの屋根瓦。空き地に捨てられた壊れた自転車。向かいの家の縁側で鏡餅みたいな形で寝入っている白い猫。細い道を颯爽と自転車で行き過ぎる部活帰りの女子中学生。古タイヤ。空き缶。赤いツツジ。ピアノの音。草木の匂い。

 私は急いでアライグマ男を呼んだ。彼はリビングでアイロンがけに夢中になっている。
「冷蔵庫からビールとウーロン茶、それからテーブルの上にお惣菜の包みがあるから持って来て!」
 アライグマ男は大儀そうに荷物を運び上げた。それから嫌がる彼をなんとか説得して屋根の上に引っ張り上げた。

「ほらほら〜、良い眺めでしょう?」私はアライグマ男に聞いた。
彼は屋根の端でボタ餅みたいに身を縮めて震えている。高い所が苦手なようだ。
「そんな所にいると落ちるよ〜」私が言うと彼は大トカゲのみたいな体勢で屋根の上を這い上がって来る。目が血走って凄い顔をしている。

 ようやく頂上に到達したが、腰掛けるのは無理みたいでヤモリのように瓦に貼りついたままだ。それでも少し落ち着いたようだ。

 私はウーロン茶の缶を開けアライグマ男に差し出す。彼を屋根瓦に貼りついたまま無理な体勢でウーロン茶をチビチビ飲み始めた。
私は青空を仰ぎながらビールを流し込む。気持ちの良い春風が拭き抜ける。
 それからお惣菜の包みを開ける。中から大量のイカリングが顔を出す。

いらろんば.jpg

 美味いと評判の総菜屋から揚げたてを買って来たのだ。
「おお!」アライグマ男が高所を忘れ飛び上がった。彼は何事も無かったように屋根に腰掛けるとムハムハとイカリングに食らいついた。
 私も一つ摘んで口の中に放り込む。ホクホクしてパリッとしてて、噛み締めると肉汁がジュワと溢れてくる。「美味い!」思わず唸る。

 我々は春の屋根上で芳醇な一時を堪能している。
私は満ち足りた気持ちになってアライグマ男に微笑かける。
「大切な場所って、案外、身近にあるものですね。いつも頭の上にあったのに、ずっと見過ごしてしまっていた。
大切な物って、遠くまで出かけて行って探し当てる。そんな物なんでしょうかね?
なんだか最初から身近な場所に用意されているような気がしてきますね。手の届く場所にね」

 私が話しかけてる最中、アライグマ男は一つのイカリングを握り締めて、ワナワナと震えている。
「見てください!見事なイカリングです!」興奮したアライグマ男は、手に持ったイカリングを差し出そうとしたのだが、手が震えて、そのイカリングを落っことしてしまう。
 イカリングはコロコロと転り落ちて行く。
何を思ったかアライグマ男は、転がって行くイカリングを追いかけて屋根瓦を駆け下りた。
「おお〜い!落ちるよ〜〜!」私が叫びも空しく、勢いのついたアライグマ男は屋根の上をアメンボウのように滑り落ちて視界から消えてしまった。

 あわわわわわ。死んじゃったかな?私は恐る恐る屋根の端まで下りて、下を覗き込む。
 アライグマ男はツバキの植え込みに顔を突っ込んで目を回している。植え込みがクッションになって怪我はないようだ。

 ふと屋根の雨どいに目をやると、アライグマ男が追いかけたイカリングが引っかかっていた。私は、それを拾い上げシゲシゲと眺める。

 なるほど!確かに色と言い、ツヤと言い、形と言い、最高級のイカリングに違いない。私は感心しながら、その見事なイカリングをしばらく眺め続けた。

「しかし、屋根から転げ落ちるほど大切な物なのかね?」
私は最高級のイカリングをポイと口の中に放り込み、大切に胃袋に仕舞った。

 屋根の上を爽やかな春風が吹き抜けて行く。
この屋根から転がり落ちた春風は、どこに落ち着くんだろう?
我々は、そいつを追いかけ続ける。この春もまた。


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posted by sand at 17:57| Comment(0) | 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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