2010年09月25日

マンモスが食べたい


First Picture of You

First Picture of You

  • アーティスト: Lotus Eaters
  • 出版社/メーカー: Vinyl Japan
  • 発売日: 1998/03/13
  • メディア: CD



★約2年ぶりの超短小説会さんへの投稿です。マイペースで続けて行きたいです。これからもずっと。

 「マンモスが食べたい」袴田君は最後にそう言った。それを最後に彼は消えてしまった。あれから5年になる。5年という隔たりは、世界中に様々な変化をもたらした。望むものも、望まぬものも…。

 狂ったような猛暑の終わりに、彼女は僕に別れを告げた。不意のことだった。予期する事ができなかった。僕はとても無用心に無関心に、その夏を過ごしていた事になる。
「どうして? 何故?」僕は自分自身に、そして彼女に問いかけた。彼女から明確な答えはなかった。答えとは常に漠然としていて、屋根裏に降り積もった埃のようだ。僕はその存在を見落とし続けた。やがてそれは宙を舞い、僕を泣かせた。

 9月になると朝夕は肌寒くなった。僕は会社帰りに夜の街をさ迷っていた。僕はとても孤独で、滑稽なほど落ち込んでいた。ビルの影に切り取られた、月明かりを眺めながら、僕は行き場所を探していた。僕はどこで行き先を見失ってしまったのか、繰り返し繰り返し考え続けた。

 彼女と別れてから僕は頻繁に袴田君を思い出した。彼はどこにいるんだろう? マンモスには会えたのか? 僕は自分自身の行き先を探すように、彼の居場所を捜し求めていた。

 5年前。袴田君とは、ある店舗の出店計画で共に仕事をした。会社は違ったが、彼とは相性が良かった。二人ともそれぞれの会社のやり方に不満を持っているのも僕らを身近にした。とは言っても、僕らが仕事以外の話をしたのは一度きりだった。

 その仕事も山を越え、終わりを迎えようとしていた頃、僕は袴田君と昼食を共にした。彼は僕より二つか三つ年下だったと思う。彼はとても痩せていて、長い手足を窮屈そうにして椅子に腰掛けていた。
 「今の会社辞めようと思うんですよ」昼食の後に僕は切り出した。袴田君は深く頷いていた。彼にも思うところがあるようだ。「袴田さんは? 続けるんですか?」
彼は首を横に振った。「この業界?」僕は聞いてみた。

 袴田君はもう一度首を横に振って答えた。「僕は違う世界に進みますよ。こことは違う世界です」袴田君は目をキラキラと輝かせて、さらにもう一言付け加えた。
「僕はですね。僕はマンモスを食べるんですよ」
僕は彼の言葉を聞いて呆気にとられたが、すぐにそれはジョークだと解釈した。
「やっぱり塩焼きですかね?」僕は笑って返した。彼は下を向いて嬉しそうに微笑んだ。

 その日を境に袴田君と会う事はなかった。しばらくして僕は異業種に転職し、彼との接点はなくなった。それでも僕は袴田君の不思議な言葉が忘れられなかった。その言葉を口にした時の輝く瞳が忘れられなかった。

 9月の街中をさ迷い歩く、僕の足を止めたのは、一人の女性の姿だった。遠くから見てもその女性が特別だと分かった。彼女の美しさは、暗闇に灯されたランプの明かりのように人の心を打った。男たちは一人残らず立ち止まって彼女を眺めた。彼女はすべてを兼ね備えた女性だった。ありとあらゆる魅力をすべて。そして僕もまた彼女の姿を追った。

 彼女は通りに面した古いホテルに姿を消した。僕は引き寄せられるように彼女を追って、ホテルのロビーに足を踏み入れた。彼女はフロントに立って話をしていた。僕は彼女に気付かれぬようにロビーのソファに腰を下ろした。そこに座って彼女を眺めていた。彼女はまるで夢の世界の住人のように淡い光の中にいた。僕はまるで魔法にかかったようだった。

 ぼんやりと彼女を眺めていると、彼女はフロントから離れて僕の方に歩いてきた。それから僕の前で立ち止まり、僕の隣のソファに腰を下ろした。僕は心臓が高鳴り、顔が赤く火照るのを感じていた。声をかけたのは彼女の方からだった。
「どんな味だったと思う?」そう彼女は僕にささやいた。
「え?」僕は驚いて聞き返した。
「マンモスよ」彼女は笑って続けた。

 僕は慌てた。慌てて袴田君の名を呼ぼうとした。
だが、彼女はそれを制するように、こう言った。
「一度、始まってしまった物語には終わりなんてないのよ。誰かがそれを捨て去っても、他の誰かが拾い上げて自分なりの物語を語り始める。物語は決して終わらない。決して滅びることなどないもの」

 彼女はそれだけ言うとエレベーターに乗り込んだ。僕は彼女の後を追うことも、腰を上げることも出来なかった。

 僕はホテルのロビーに座ったまま、新しい何かが始まる瞬間を感じていた。袴田君から受け取った、新しい物語の存在を感じていたのだ。
 僕はそこに座って新しい物語の新しい頁を、今、開こうとしていた。

posted by sand at 13:59| Comment(2) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます、久しぶり。
放置している自分のサイトのリンク先、書き直し作業中にここを見たら、更新されてる! さらに、短編小説も! 嬉しかったです。
夜中に読みきれず、また来ました。


「一度、始まってしまった物語には終わりなんてないのよ。誰かがそれを捨て去っても、他の誰かが拾い上げて自分なりの物語を語り始める。物語は決して終わらない。決して滅びることなどないもの」

ありがとう。
Posted by ring-rie at 2010年09月30日 11:21
まいど。久しぶり。ボチボチやることにしましたよ。マイペースです。

お礼を言われたけど、こっちこそコメントありがとうね。
Posted by sand at 2010年10月02日 16:40
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