2006年05月13日

Together Alone

Together Alone.jpg
Crowded House / Together Alone

 長く住んでいた借家が区画整理で立ち退きになってしまった。
私は何軒かの不動産屋を回って手頃な物件を探し求めた。古くても戸建が希望だった。

「ここですか?いや、ここは古いし、もう何年も人が住んではいませんよ」
不動産は怪訝そうに私に告げた。

「どうぞ。いつでも見てやって下さい。いやいや。鍵なんてかかってやしませんよ。持ち主だって忘れてるかもしれません。もう誰も覚えてやしませんよ」

 私は不動産屋からプリントアウトした地図を貰って、町外れにあるその借家を目指した。
五月晴れの清々しい空に薄っすらとした雲が足早に流れ行く。陽射しは暖かで、ジャケットを脱いで小脇に挟んだ。
 
 借家のそばまで歩くと野球グランドが見えた。中学生だろうか練習試合の最中とみえる。私は暫く立ち止まって選手と一緒に白球を追いかける。
この時点で8割方気持ちは固まった。野球グランドは魅力だ。休日にビールを持って出かける事が出来る。

 借家は確かに古くて汚れていた。
壁はめくれ上がり、窓ガラスの半分は割れている。敷地内には雑草が生い茂っていた。錆びついた玄関扉を力任せに開いて室内を覗き込んだ。内部は意外なほど綺麗にしていた。窓際さえ清掃すれば住めない事はない。天井に雨漏りの形跡もない。台所とトイレと浴室は酷い汚れだったが、使えない事はなさそうだ。
私は居間に面するガラス戸を開けて周囲を見回した。雑草に占拠されているとは言え小さな庭があった。一段低い濡れ縁が付いているのも良かった。
夏はここで素麺を食べ、ビールを飲もう。

 向かいには広い敷地に古い平屋が建っていた。人の住んでいる気配は感じられない。
私は不動産屋に戻り、あの家を借りたい故を申し出た。


 引越しの前に借家を住める状態にする必要があった。
家主は敷金もいらないし、家賃も半額にするから、建物の修復はこちらで負担出来ないかと提案してきた。
 私はその条件を飲んだ。改修作業はゴールデンウィークに決行する事にした。


 アライグマ男は腰にドライバーやペンチを無数にブラ下げた物々しい出で立ちで私の前に現れた。
「もう大丈夫です」彼は、すました顔で私に告げた。
私は何が大丈夫なのかサッパリ分からなかったが、とにかく彼の協力を歓迎した。

 庭の雑草の処分から作業は始まった。身の丈ほどもある雑草を鎌で切り倒し、力を込めて引き抜いていった。
アライグマ男は予想に反してチョコマカと良く動いた。雑草取りは意外なほどのスピードで決着をみた。元々敷地が狭かった訳だが。

 次は壁の修復、台所・トイレ・浴室の清掃に当たった。この作業は予想以上に難航し数日間を必要とした。
アライグマ男は、休む事なく毎朝、顔を見せた。彼は午前中、精力的に作業を手伝い。昼食後は、精力的にお昼寝に没頭していた。
私は濡れ縁に寝転がってイビキをかいてるアライグマ男を横目に、黙々と修復作業に励んだ。

 四日目の夕暮れ。修復作業は一応完了し、ようやく荷物を運び込む準備が整った。私は満足げに室内や庭内を見渡した。

 私とアライグマ男は家具のないガランとした部屋でささやかなお祝いをする事にした。
私は風呂を沸かし、アライグマ男は近所まで買出しに出かけた。

 熱い風呂にジックリと浸かり、磨いたばかりの濡れ縁に座って、冷たいビールを流し込んだ。アライグマ男は焼き立てのソース焼きソバを包みから取り出した。

ぶきだば.jpg

 強烈なソースの焦げる匂いが食欲を刺激した。私とアライグマ男は詰め込むようにソース焼きソバをたいらげた。

 すっかり満腹して酔いも回った私は、縁側のガラス戸にもたれてウトウトと居眠りをしていた。
 アライグマ男が私の車から持ち込んだCDラジカセが鳴り響く音で目が覚めた。
Crowded Houseの『Distant Sun』。

「どうして、この曲を?」私はアライグマ男に尋ねたが、彼は軽く肩をすくめただけだった。

 私は、その曲を聴きながら、向かいの広くて古い家をボンヤリ眺めた。もう、すっかり日は落ちて薄暗い闇が辺りを覆っていた。

 広い家からは一部屋だけ明かりが漏れていた。それもひどく弱々しくて慎ましい明かりだった。明かりのついた部屋には小さな人影が一つだけ見えた。
老人が一人で暮らしているのかもしれない。

 私は缶ビールをもう一本開け、チビチビと口に運びながら、弱い光が漏れる部屋を眺め続けた。
『持ち主だって忘れてるかもしれません。もう誰も覚えてやしませんよ』
不動産屋で耳にした言葉が蘇ってきた。

 不意に弱い明かりが消え失せた。向かいの古い家は暗闇に包まれた。
私は、なんだか不安な気持ちになった。私は振り返ってアライグマ男に声をかけようとしたが、ある事が気にかかって思い留まった。

 そこに彼がいなかったら。誰もかも消え失せてしまっていたら。もう誰も私を覚えていないとしたら。

 私は消え入るような声で後ろにいるはずのアライグマ男に声をかけた。
「いつまで孤独を共にする事が出来るかな?君と私の孤独だ。」
私は、すがるような思いで彼の返事を待った。
 霧雨のような沈黙が、その古い家に降り注いだ。それは孤独とちっとも変わらない冷たさで私の身体を濡らし続けた。


こりゃ長いだけでダメでした。ゴメン・人気blogランキング


posted by sand at 18:02| Comment(4) | 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして! そして思いがけない記事に(自分でも書いたことを忘れかけていました)コメントありがとうございました。
軽い気持ちで覗かせていただいたのですが、思いがけなく素敵な文章の塊に直撃することとなり、少々感動しております。さりげなく引用されている楽曲のセンスも良くって、お洒落な方なのだろうなと勝手に想像しております。
当方、更新怠ってばかりの駄目ブログですが、(勝手に)リンクさせていただきました。今後とも宜しくお願いいたします。
Posted by nyarome007 at 2006年05月14日 00:59
どうも辺鄙な場所まで足を運んで頂きまして、ありがとうございます。

それからリンクありがとうございます。こちらも慎んでリンクさせていただこう。不都合がありましたらご連絡下さいませ。

あれから、さらに読ませて頂きました。
「岡林信康の「I SHALL BE RELEASED」」というエントリーがすこぶる良かったです。聴いた事ないんですよね。岡林さん。
エンケンも泉谷もムーンライダースもPANTAもはっぴえんど系もちょびちょび摘まんで聴いてるんですが。
「檄文」良いですね〜(「檄文」の意味を知らなかったので辞書引きました(^_^;)
ん〜単純な人間なので、こんな文に痺れてしまいます。
ちなみにPANTAさんの身軽な所、ファンなので呆れながらも好きですねん(^_^;)

「極私的音楽ヨタ話77−06の旅」も面白い。同年代か少し若い方でしょうか。懐かしくて泣いてます。原田真二さんは良かったです。今、聴いても良いだろうな〜。

ま、そんな所で、ウチは雰囲気だけで内容の伴わないブログなので、適当に扱って頂いてOKですよ。レスも付け難いし。

それからそれから。全然お洒落なんてもんじゃないですよ!腹の出たオッサンです!!(^_^;)
Posted by sand at 2006年05月14日 05:04
私、この話大好きですよ。やーいほめたった。sandさんの悶絶する姿が見えるようだ。お気の毒なので一言添えておこう。変態!
安心した?
こじんまりした幸せを手に入れると、なんだか不安になりますね。私も一緒に濡れ縁に座っている気持ちになりました。それにしてもクラウデッド・ハウスのこれがラストアルバムなんだ〜。あの有名曲の入ってるアルバムしか持ってないのよ(パジャマのズボンだけでボヨ〜ンと出てるやつ。なんて説明だ。)
ちょっと試聴しただけですが、やっぱりいいなあ。とくに『Distant Sun』と『Together Alone』がいいですね。

nyaromeさんのブログにもちょこっとお邪魔させていただきました。すごく面白いですね!私と同世代か、少し下の方かな〜?(いや28歳だけど。)私も岡林の話は共感しました。ちょうどこの連休、岡林のある曲を思い出していたので、なんだか偶然でも嬉しい。
Posted by ショコポチ at 2006年05月14日 14:59
まいどです。
誉めたりけなしたり、どちらも、ありがとうございます。

>こじんまりした幸せを手に入れると、なんだか不安になりますね

あ、やっぱり、そんな感じある?貧乏症だよね〜。

>パジャマのズボンだけでボヨ〜ン

ファーストね。

>とくに『Distant Sun』と『Together Alone』がいいですね。

これ地味だから馴染むまで時間かかったんだけど、馴染んだら良いよ〜。ワビサビの世界だね。とくに『Distant Sun』はジワ〜と泣かせるよ。あとで聴いてもらうか。

>nyaromeさんのブログ

そういえば、君のタッチと似てるよね。ただし年齢は私より年下だから君よりず〜〜〜と若い。

ショコポチさんが、岡林のエントリーを書いてくれました。「26ばんめの秋」↓
http://konore.seesaa.net/article/17801272.html

あと昔書いたので私が好きなポールの「Ram On」↓「http://konore.seesaa.net/article/3793845.html

今読んでも、とても良いと思います。
Posted by sand at 2006年05月15日 16:05
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