2006年05月18日

今宵、兎座にて(She Belongs to Me)

Bringing It All Back Home.jpg
Bob Dylan / Bringing It All Back Home

 夜が淵に差し掛かる時刻。我々は『兎座』に着いた。

 私と埼玉ネコは『兎座』と呼ばれる会員制のクラブに来ていた。
薄暗い店内には、比較的ゆったりとしたシートがボックス型に並んでいた。低い天井には淀んだ空気を掻き回すように大きなファンが回っている。壁際に据え付けられた豪華なバーカウンターの中では、バーテンがシェーカーを振っていた。
 店内を歩き回っているのはグラマラスなドレスを身に着けた兎の女達だった。

 私の隣に座った兎の女は『ユミ』と名乗った。
私の向かいに座った埼玉ネコの横にも女兎が寄り添っている。

 ユミは赤く潤んだ瞳を持った魅力的な女だった。
赤いドレスが、はち切れるほどの豊満な肉体を持っていた。
豊かな胸、ムッチリとした太もも。私は彼女に身を寄せられると顔が赤く火照って行くのが分かった。

 ユミは私の膝に手を置いて、グラスに『ロロ』(猫町の酒)を注いだ。

「人は初めてかい? 」私はユミに尋ねる。
ユミは私の耳元まで唇を近づけ、熱い吐息と共に答えた。
「私のビジネスは忘れる事にあるわ。あなたも明日には忘れてしまう」

 フロア中央のステージに、老けて汚らしい兎が恐る恐る上がってきた。オドオドと落ち着かない視線で周囲を見回している。
やがて、その後からタキシードに身を包んだ長身の兎がステージに上がってきた。
長い二本のサーベルを両手に握っている。
「何が始まる? 」私はユミに尋ねる。

 「目玉を、えぐり出すの。あの貧しい兎の目玉よ。二本のサーベルを使うの。見事なものよ」
 私の背筋は凍りついた。彼女は冗談を言ってるのか?しかし『兎座』は不気味な緊迫感に包まれていた。

 タキシードの兎は、サーベルを天井に向かって突き上げ、身をくねらせて踊り始めた。貧しい兎は、顔を赤らめて汗を噴出している。
タキシード兎の踊りがピタリと止まると、二本のサーベルは貧しい兎の右の眼球に襲い掛かった。一本目のサーベルが眼球を串刺しにし、同時にもう一本のサーベルは隙間を通って裏に回り、瞬時に眼球をえぐり取った。目にも止まらぬ速さだった。
タキシード兎は勝ち誇ったように、串刺しにされた赤い目玉を高々と掲げた。

 『兎座』は歓喜の渦に包まれた。誰もが立ち上がって歓声と拍手を贈っている。
「何を喜んでいるんだ? 」私は戸惑いながらユミに尋ねた。
「貧しい兎を見てご覧なさい。彼は痛みを感じていない。」
確かに貧しい兎は苦痛に顔をしかめる事もなくニコニコと歓声に応え、お辞儀までしていた。えぐられた右目からは一筋の血さえ流れてはいない。

 えぐり取られた赤い目玉は、細長いグラスに放りこまれ、上から酒が注がれた。フロアの男猫達は、勇んでステージまで駆け寄ると、奪い合って、その酒を口にしている。
「この町一番の強壮酒。あなたも飲んでみれば?朝まで大変な事になるわ」
ユミは悪戯っぽく微笑んだ。

 目玉をえぐられた貧しい兎は、ステージの横で支配人らしき人物から金を渡され、ペコペコとお辞儀を繰り返している。

「気分が悪くなる催しだ。この町は狂っている」私は吐き捨てるように言った。

 ユミは鼻で笑うような素振りを見せ、こう言った。
「ふん。猫町では兎は少数派なのよ。いわば産まれながらに負けてるって訳。
それでも私達は生きて行かなきゃならないの。いい?生き残って行かなきゃならないのよ。
 それはたった二つの生き方。生き残って行く兎は、二種類しかいないのよ。
一つは、苦痛を与える事を苦痛に思わない兎。もう一つは、苦痛を受ける事を苦痛に思わない兎。」

 私はグラスに残った酒を一気に飲み干した。
「なあ。君はどっちの兎だ?傷つける兎なのか?傷つけられる兎なのか?」
私はユミの赤く潤んだ美しい瞳に語りかけた。

「私は、どんなに傷つけられても平気なの。何故なら、あなたをタップリと傷つける事が出来るから」

 ユミの右手が私の股間に伸びてくる。彼女の赤く湿った舌が、私の唇を這い回る。

 私は、なんの苦痛もなく彼女にソレを奪われる。


 彼女は欲しい物はなんでも手に入れる
 彼女は芸術家だ。昔を振り返らない
 彼女は欲しい物はなんでも手に入れる
 彼女は芸術家だ。昔を振り返らない
 暗闇の中から闇を取り出し
 昼間を黒く塗り潰せる
   Bob Dylan / She Belongs to Me
posted by sand at 18:38| Comment(3) | 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
このネコシリーズはどれもエロいですね〜。
ディランは、じっくりと聞いたことが無いのですが、私の好きなキース・エマーソンがTHE NICE時代にこの曲をカバーしていました。
と、逃げておこう!

デカダンスがお好きなよう・・・・(いやいや、ひとり言・・・)
Posted by evergreen at 2006年05月18日 21:37
埼玉ネコシリーズは、ディランネタですか。
面白いですねぇ。私、猫話には無条件に反応してしまうのです。ハンドルがニャロメなので・・・。
HPも拝見させていただきましたが、いや、凄いですねぇ。音盤の洪水にただただ圧倒されて。
Posted by nyarome007 at 2006年05月18日 22:10
evergreenさん

こんちは。駄文を読んで頂いてありがとうございます。
もう、あまり気は使われないで下さいね。
たまに読んで貰えれば良いですよ。コメント頂けるのは嬉しいのですが、恥ずかしくてですね・・・。

ディランは最近(かな?)スティーヴ・ハウもカバーアルバムを出してましたよ。では、ありがとう。

nyarome007さん

どうも忙しい時に長い文を読んで頂いて恐縮です。あまり負担のないよう、たまにで結構ですよ。なんか申し訳ない。

>埼玉ネコシリーズは、ディランネタですか。

このシリーズは、みうらじゅん画伯の『アイデンチィチィ』をトリビュートしたものです(出来そこないだけど)みうら先生には、ビックリハウス時代から変わらず楽しませていただいております。

評論も小説も半端にしか書けないんですが、ま、合間に楽しんで書くようにしています。どうも、ありがとうございました。
Posted by sand at 2006年05月19日 15:21
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。