2011年02月13日

Knife

Aztec Camera - Knife.jpg

 今日も雨だった。
昨日も。一昨日も。思い出す限り雨が降り続いていた。
私の頭は、ひどく痛んだ。大箱に詰まった鎮痛剤に引っ切り無しに手を伸ばした。それでも痛みは引かなかった。私は何度も仕事を中断して、リビングのソファに倒れこんだ。

 すべて雨のせいだ。
私は雨にすべての罪を負わせようと試みたが、それも徒労に終わった。そう思えば思うほど、私の気持ちは沈んでいった。沈んだ気持ちは新たな頭痛を呼び、それはまた降り続く雨への呪いを生んだ。雨を責める気持ちは、私の心を萎えさせた。そしてその先には頭痛が待ち構えていた。

 私はそれを繰り返していた。環状線の電車に乗っている気分だった。いつ始まったことだろう? 多分ずっと昔。ずっと昔から、そうだった。

 思いつく限り、私は外出していなかった。私は長い間、自宅で仕事をしていた。誰とも会わず、誰とも話さず、誰にも触れず。
いくつかの宅配サービスが私を支えていた。そして彼女の存在も、その一つだった。

 その日の午後になって、部屋の壁に、ほつれ目を見つけた。最初は壁に糸くずが付着しているのだと思った。近づいて見ると、その糸くずは壁から離れた場所にあることが分かった。その糸は浮かんでいたのだ。

 私は深く考えずに、その糸を引いてみた。糸はスルスルと引き上げられ、その空間に裂け目が出来た。私は40〜50cm引いたところで糸を離した。離された糸は裂け目の終わりに、だらしなく垂れ下がった。

 私は不安な気持ちで、その裂け目を眺めた。しばらく眺め続けた。何も起きなかった。私は恐る恐る裂け目に指先を近づけた。裂け目には湿った感触があった。私は反射的に指を引き、その場を離れた。

 彼女が来たのは、夜も遅くなってからだった。私は玄関先で彼女の濡れたコートを脱ぐのを手伝った。「いつまで続くんだろうね。この雨は?」私が忌々しげにそう言うと、彼女は「あなた次第じゃないの?」と素っ気無く答えた。

 キッチンで新しい仕事を彼女から受け取った。その後、二人でビーフシチューを食べた。彼女はあまり話さなかった。この部屋に来る度に彼女の言葉が減って行くのが分かっていた。無言の空間にスプーンと皿がカチッカチッと音を立てた。その音は私を孤独にした。多分、彼女の孤独もそこにあった。
 
 彼女は、リビングでCDを鳴らした。Aztec Cameraの『Knife』という曲だった。彼女はいつも同じ曲をかけた。誰かが空をナイフで切り裂いて、そこから雨が溢れ出す。そんな曲だった。

 明け方近く、私と彼女は眠りについた。物音に目を覚ますと、彼女は午後に見つけた裂け目の前に立っていた。彼女は裸で、横で燃えるファンヒーターが、赤く背中を照らしていた。彼女の背中を見つめていると、彼女が私をもう必要としていないことが分かった。
 私はそれに傷ついていたが、同時に彼女を気の毒にも思った。

 彼女は裂け目に向かって手を伸ばした。「大丈夫かい?」私は小さく声をかけた。彼女は無言で首を縦に振った。彼女の指先は裂け目の淵を何度か行き来して、ゆっくりと裂け目の中に入った。

「冷たい」と彼女は言った。それからもう一言付け加えた。「この空間は死んでる」

 翌日。彼女が部屋を出た後、その裂け目は消えていた。多分、彼女もここには来ないのだろう。なんとなく、それが分かった。

今日も雨だった。私は窓を開けて、雨空を仰いだ。誰かが、そのナイフで、この空を傷つけたのだ。そして、その空間は死んでいる。
 それは悲しいことでも、辛いことでもなく。ただ雨を降らすだけなのだ。

posted by sand at 14:43| Comment(4) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
超短編小説会、フォーラムの件、決してsandさんのことではありません。

言葉が足らず、申しわけなかったです。
Posted by ゼニゴン at 2011年02月16日 15:51
あ、どうも。それなら良かった。
何かあれば言ってください。たまにしか参加しないので、雰囲気読めてないものでね。
Posted by sand at 2011年02月16日 23:45
こんばんは。
書いているね〜。
いくつかの言葉の選択を不思議に思いましたが、こういうのは全体で考える問題だからつっこむべきではないか。

全く関係ありませんが、男と女はいつも、かみ合わない会話に、「でもね」って言葉を継ぎ足して、長々引き伸ばして、決戦を避け続けるのかな。分かれたくないけど、何も語ることがなくなってしまった関係に陥るときがあるね。
なんだかそういうことを思い出してしまいました。
レスポンス不能なコメントでごめんなさい。
Posted by ring-rie at 2011年02月28日 22:02
おこんちは。考えたら、始めて、まだ5年くらいだったから、もう少し書きますよ。目標はありません。理由は、ただ始めてしまったから。

言葉の選択はこねくり回してますから不自然ですね。暇ならご指摘お願いします。

「でもね」の話は、 ring-rieさんが良い女過ぎて、よく分かりません。
Posted by sand at 2011年03月06日 06:39
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