2011年03月06日

Up On The Roof

James Taylor.jpg

 屋根の上で、よく寝ていた。天気の良い休日の午前中なら、いつも。それはまだ中学生の頃だった。
そのころ住んでいた自宅は汚いドブ川に面していて、その先には木工所があった。休日なら誰の視線も気にすることなく、好きなだけ寝転んでいられた。

 日曜日。母さんが掃除機を抱えて、決まって2階の部屋に乗り込んできた。眠っている俺をボディスラムで覚醒させると、雪崩式ブレーンバスターで豪快に屋根の上に投げ飛ばした。
その後、布団と枕が飛んできた。俺は屋根の上で寝床をセットして、しつこく眠ろうとした。部屋の中では母さんが蝶のように舞ながら掃除機をかけている。スピニング・トーホールドを決めるドリー・ファンク・ジュニアとテリー・ファンクみたいだった。俺は押入れに隠したエロ本が見つからないように祈ったりした。

 屋根の上から見える景色は決まっていた。少し先にある国道に面したカラオケボックス。ドブ川に沿った雑草だらけの遊歩道。フクイワタの寂れた看板。木工所の赤茶けた屋根。独居老人の住む荒れた一軒家。会社社長の愛人が囲われてると噂されてた三角形の小さな家。なんだか威圧的に見えた、それらを取り囲む山。青かったり白かったり黒かったりで忙しない空。イライラするほど張り巡らされた電線。口うるさい雀。

 午後からはイカ山と遊んだ。イカ山は諌山だったが、いつからかイカ山と呼ばれていた。山の中腹にある神社にスケボーを乗りに行ったり、笹竹を竿にしてハエを釣りに行ったりした。立ち入り禁止の古墳に入り込んで教育委員会に呼び出されたりした。線路脇でブルースリーの真似をして鉄パイプを振り回してたら列車が急停車したりした。イカ山の耳元で爆竹を鳴らしてイカ山の鼓膜を破ったりした。その後、イカ山の母さんから泣くほど怒られた。それでも俺たちは親友だった。

 ある日。その日はやっぱり日曜日の午後だった。俺はイカ山の家にヤツを誘いにいった。玄関に出てきたイカ山は妙にイソイソしくて「今日は用事があるから遊べない」と言った。俺は驚いたり落胆したりしたりしてイカ山の家を出た。俺たちはいつも一緒だったのだ。「何があったのかな?」俺は混乱しながら自転車に乗った。途中で同じクラスの内川さんを見かけた。髪の長い女の子だった。内川さんは俺を見て少し驚いた顔をした。それから小さくお辞儀して路地へと曲がって行った。角を曲がるとき内川さんの髪がフワッと宙に舞った。俺はそれを見てドキッとした。

 家に戻ってインスタントラーメンを食べてから、また屋根の上で昼寝した。内川さんの舞い上がる髪が頭から離れなかった。3時過ぎにイカ山が部屋にやってきた。俺はスネて無愛想を装ったけど、本当は凄く嬉しかった。イカ山は『ミュージックライフ』を貸してくれた。俺の読みたかった雑誌だった。俺はすぐに機嫌を直して、イカ山と並んで屋根の上に座った。
 その日のイカ山はソワソワして落ち着きがなかった。何度か躊躇った後、恥ずかしそうに切り出した。「俺な内川と付き合うことにしたんだ」
俺は眩暈がするほど驚いた。確かにイカ山は目のクリクリしたカワイイ顔をしていた。俺はと言えば体育館シューズの底みたいな酷い顔だった。女の子と付き合うどころか話す事も出来なかった。

「だから休みは、あんまり遊べなくなった。ごめんな。悪いから家に来なくて良いよ」イカ山は本当に済まなそうに告げた。俺は今にも泣き出しそうだった。「うん。分かった」俺はそれだけ言うのが精一杯だった。「じゃあ。悪いけど」イカ山はオロオロして、どうして良いか分からないみたいだった。俺は思い当たって聞いてみた。「待たせてるのか?」
イカ山は「うん」と頷いて、こう言った。「内川から言われたんだ。ちゃんと話に行けって」
 みんな優しいのだ。内川さんも俺たちのことを思いやってくれてるのが分かった。でも俺みたいなクズには「優しさ」は凶器でしかなかった。俺はズタズタに傷ついた。

 イカ山が帰った後も屋根の上に寝転んで、目を閉じていた。イカ山と内川さんが並んで自転車に乗っている姿を見たら、目がつぶれそうだった。俺は屋根の上で身動きが出来ないでいた。降り注ぐ午後の日差しも、吹き抜ける心地よい春風も俺の心までは届かなかった。俺は健康サンダルの裏底みたいな酷い顔をさらに歪めて、この青空の下に晒していた。

 夕暮れが近づくと少し寒くなってきた。俺は部屋に戻らず、屋根の上にいた。座って色々な事を考えた。頭の中に散らかった様々な事柄を整理して、一つ一つ、あるべき場所に収めていった。イカ山と内川さんを俺の手の届かない引き出しに仕舞うと、俺は少し楽になった。

 黄昏れる町並みは、いつもとは違って目に映った。俺は色々な物を見落としていたのだ。本当なら、どこかで目にしていたことを、見落としていたのだ。
その日の屋根から見える景色は、いつもと同じ景色なのに、いつもの同じ俺なのに、とても綺麗に見えた。

posted by sand at 09:08| Comment(2) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
言っておくけどレスなんか要らないんだからね!べ、べつにリンリーさんが羨ましいわけじゃないんだからね!
48歳のツンデレですいません。
だって、この話があんまりにも好きなんだもの。田舎者の心を打つ描写でした。私もよく授業をサボって高校の屋上からイチゴハウスを眺めてました。その頃目に映ったのはイライラするほど意味のない風景だったけど、それは私自身が意味のない人間だったからだと思います。その頃からずっと執着していた男を、手の届かない引き出しに仕舞って楽になってからは、故郷の風景が好きになりましたよ。
あと、ダンナのともだちの「ちょうかん」君を思い出しました。車の中で花火をしたりするクレイジーな男だったそうです。いまは地元で有名な寺の住職です。
最後になりましたが、娘さん合格おめでとうございます。心からお慶び申し上げます。
Posted by ショコポチ at 2011年03月06日 11:37
こんにちは。素早い書き込みに驚かれていることでしょう。やれば出来る男です。でも、なかなかヤレません。

>48歳のツンデレですいません。

歳とったな〜。初めて会った時、貴女は2歳でした。貴女の糞詰まりを優しくカンチョーしてあげたのは僕です。それから僕は「カンチョー君」と呼ばれて頬を赤く染めたりしました。完全にふざけていると貴女は感じ取っていますね。
そうです。でも歳とったな〜。美人だけどね。

お祝いありがとう。塾にも行かず、まったく勉強していないのに受けた大学は、ほとんど通りました。ある意味、馬鹿です。たぶん、あんたに似てるよ。
Posted by sand at 2011年03月06日 14:37
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