2011年04月03日

Lonesome Reverie

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 アライグマ男は寝ていた。私は腰を下ろして彼が起きるのを待った。
窓からは、木漏れ日が差し込んでいた。遠くで誰かが釘を打つ音が聞こえていた。
ここは森の中のアライグマ男の家で、今日は日曜日だった。そして私はどんよりしていた。

 アライグマ男が起きる間に頭を整理しようとした。夫であったり、父親であったり、長男であったり、事業主であったり、様々な役割を引き受けていた。それで頭が混乱していた。どこかで立ち止まって考えようといつも思っていた。

 腰を下ろして考えをまとめようとしたが、何も浮かんでこなかった。何に混乱しているのか具体的には思い浮かばなかった。ただ漠然と混乱していた。情けないと自分を責めたりした。

 アライグマ男の家に立ち寄ったのは久しぶりだった。彼と会わない間に色々あったような気もするし、たいした事はなかったような気もする。実際あまり覚えていないのだ。思い出してみようとしても何も思い出せない。ただ漠然とした疲労が脳の中に広がっていた。

 確かなのは私が歳をとった事だけだ。歳をとると何か大切な事を、いつも忘れているような気がする。思い出せない大切な事が、どこかにあるような気がするのだ。

 アライグマ男はあの日のままだった。私と彼との歳の差は、ずいぶん縮まってしまった。もうすぐアライグマ男の年齢に追いついてしまいそうだった。それは少し寂しいことなのだが、今の私は長生きをしたいと思い始めていた。
 私は望んだ時にアライグマ男に会うことが出来た。いつでも私は彼の顔を見に行く事が出来た。ただ、アライグマ男が私に会いたいと思っているのかは分からなかった。

 少しも起きる気配がないので、冷蔵庫から缶ビールを失敬して飲んだ。テーブルの上にあったコーンフレークをポリポリと摘んで食べた。オーディオラックをアレコレ物色して、Nick Loweの『Dig My Mood』をかけた。最近の彼では一番気に入っていた。古いチェストの上に広げてあった缶バッチのコレクションを眺めながらビールを飲んだ。昔、思い描いていた夢がボンヤリと浮かんだが、形になる前に萎んで消えた。

 アライグマ男は急に上半身を起こして、むにゃむにゃと呟き始めた。寝ぼけているのだ。私は彼のそばに近づいて耳を澄ました。
小さな声で「たまごとうふ」と呟いていた。夢をみているのだろう。私は少し躊躇したが、彼を起こして夢から覚ますことにした。人の見る夢が羨ましかった。その夢がまぶしかったのだ。

 アライグマ男の両肩を抱いて彼を前後に揺すった。「おい。起きろよ」私は大きな声をだした。
アライグマ男は驚いたように両手を広げて私にしがみついた。そして私の耳元に「大好き」とささやいた。

 アライグマ男はバタンと仰向けに倒れて動かなくなった。眠ってしまったのだ。私は動揺していた。胸がドキドキした。多分、彼が大好きなのは「たまごとうふ」なのだが。

 私は慌てふためいて逃げるように彼の家を出た。扉を閉める時に彼が目を覚まさないようにソッと閉めた。
多分、目覚めないと思うけど。

posted by sand at 06:11| Comment(0) | 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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