2011年04月10日

プレーンオムレツほどの幸福

Bob Acri.jpgオムレツ.jpg

「プレーンオムレツは作れますか?」と彼は聞いてきた。
俺は「うちはプレーンオムレツは扱ってないよ」と返事をした。彼は少し残念そうな顔をした。
「プレーンオムレツくらい家で作れば、いいじゃないか」と俺が言うと、彼は「そんなんじゃないんです」と言った。

 4月になって忙しい時期が近づいてきた。毎年この時期にバイトの募集をかける。今年は集まりが良かった。30件ほど問い合わせがあって、そのうち15人ほど面接した。

 彼は2日目の午後にやってきた。近所の大学の2年で柔道部だと言った。大きな身体をして垢抜けない顔をしていた。でも話してみると意外なほど良く喋った。俺は彼の屈託のない笑顔や真っ直ぐな視線に、次第に引き込まれていった。

「お父さんが自営で、最近、仕事がないんです。僕の奨学金使い込まれちゃって」と彼はいかにも楽しそうに言った。
「えー、それ大変じゃん」と言うと「そうなんですけど、仕方がないじゃないですか」と彼はまた楽しそうに言った。
俺も釣られて微笑みながら「そりゃ仕方ないけどね」と言った。

 それから彼はバイト代で、なんとかやり繰りしている様子を克明に喋った。かなり細かく話した。何百何十何円の何円単位まで話した。俺は彼の大柄な体格に似合わぬ几帳面さに舌を巻いた。彼は貧乏だったが、そこには従来型のウェット感が皆無だった。彼は自分の生活の克明な青写真を広げ、様々なアィデアで果敢に現状に挑戦する姿を嬉々として語った。家庭環境の不遇を嘆く姿は、少しも見当たらなかった。実際、そんなモノを嘆いても何も変わりはしなかった。

 彼の饒舌な語りの中でプレーンオムレツは唐突に登場した。
「プレーンオムレツならファミレスのバイトが良いんじゃない?」と俺は提案してみた。
「まあ、そうですね」
「どうしてプレーンオムレツ?」と俺は聞いてみた。
「いや。良いじゃないですかプレーンオムレツ」と彼は言った。
「まあ良いけどね。自分で作って食えよ」と言うと「いや、そうじゃなくてプレーンオムレツ食べて貰いたいじゃないですか」と言った。

 話が済んで彼が帰ると直ぐに女房がサンドイッチの入った袋を提げて飛んできた。目を真っ赤にしている。隣で伝票整理をしながら話を聞いていたようだ。「これ、プレーンオムレツじゃないけど渡して」と女房は袋を差し出した。

 俺は自転車に乗ろうとしている彼を呼び止めてサンドイッチを手渡した。彼は驚いて何度も何度もお礼をした。俺は「女房が食えってよ。俺は知らないけど」と言ったが、今年はコイツを採用することに決めていた。

 彼が帰った後、女房に「いいんじゃない?」と聞くと「いいと思うよ」と女房が言ったので話は決まった。

 幸せの単位をプレーンオムレツで表す事を少し考えてみた。「1プレーンオムレツ」だとか「200プレーンオムレツ」だとか。どんなに幸せでもプレーンオムレツに変わりは無いのだ。それでも朝起きた時に四つもプレーンオムレツが並んでいたら、ものすごく幸せに感じるのではないかと思ったりした。

posted by sand at 06:24| Comment(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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