2011年04月17日

ロケットマン

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 イーライがどこで産まれ、どこで育ち、どこに暮らしているのか私は知らなかった。私が彼女について知っているのは、イーライがロケットを探しているという事だけだった。

 イーライが私に近づいてきたのは、デパートの家具売り場だった。私は椅子を探していた。彼女は目の覚めるような真っ赤なスーツを着て長い髪を無造作に束ねていた。褐色の肌に黒い瞳。顔はノーメイクに近く、手にはエドガー・アラン・ポーの詩集だけを持っていた。彼女のエキセントリックさは、その強い眼差しに滲み出ていた。イーライは私に近づくなり「あなたの探しているものを私は知っているわ」と笑みを浮かべた。どうやら椅子を選んでくれるようだ。私は彼女を不審に思うより興味を持った。彼女は魅力的で、その種の不思議な雰囲気を持った女性に、従来から私は引き寄せられた。彼女は自分はイーライだと名乗った。そして「私の探しているものを、あなたは知っている」と私の瞳を覗き込むようにして言った。

 イーライは彼女の選んだ白い椅子と一緒に私のアパートにやってきた。リビングの窓の下に置かれた白い椅子に彼女は腰を下ろした。彼女はエドガー・アラン・ポーの詩集から「The Raven」を読んだ。時に声を上げ、時には無言だった。私は益々彼女に引き寄せられた。
彼女はどんな女性なのだろう? 私はそれを知りたかった。

 イーライは私が勧めた飲み物や食事を、ことごとく断った。彼女はただそこに座っているだけだった。私は幾つかの質問を彼女に投げかけたが、彼女は決してそれらの質問に答えなかった。彼女はポーの詩に登場する大鴉のように「Nevermore」と口にするだけだった。

 翌朝、私が目を覚まし、寝室から起き上がって来ても、彼女は椅子に座ったままだった。私は少し不審に思い始めたが、彼女が何を持ち出すわけでもなく、もう少し様子を見ることにした。私は少しの疑念を抱えながらも、彼女を部屋に残したまま外出した。

 その夜、部屋に戻ると私は唖然とした。部屋中の引き出しやタンスが引っ掻き回されていた。明らかに何かを物色した後だった。それでもイーライは平然と椅子に座っていた。私はイーライに詰め寄り、激しい口調で問いただした。「何が目的だ?」「どうして私に近づいた?」。しかし、どんな問いにも彼女は答えなかった。

 私は彼女を追い出すべきか迷った。当然そうするべきだった。しかし、私はまだ彼女に未練があった。今夜一晩あれば、何かを聞き出すことが出来るかもしれない。私はなんとか自分を納得させた。

 その夜は、寝室には行かず、彼女に向かい合った。しかし、どんなに夜が更けてもイーライは何も話さなかった。私は明け方になって、うとうとと眠りに落ちた。

 私は息苦しさに目を覚ました。イーライが私の首を絞めていたからだった。ただ、あまりにも彼女の力は弱かった。私は片手で彼女の身体を払い退けた。彼女の身体は風船のように軽かった。私は彼女に詰め寄り、部屋から追い出そうとした。
「どこにロケットを隠してる?」イーライは大声を上げた。「私は還れないのだ! ロケットがないと還れない」彼女は意味の分からない事をわめき散らした。私はこの女を部屋に入れたことを後悔しながら、彼女を戸口まで引き摺った。「お願いだ! 私をおまえのロケットに乗せてくれ! お願いだ」イーライは泣き叫んだ。

 外は雨が降っていた。私はイーライを戸外に放り投げ、ポーの詩集を彼女に向かって投げつけた。彼女は尚も泣き叫んでいた。私は窓からイーライの哀れな姿をしばらく眺めた後、ブラインドを降ろしてベッドに入った。

 翌朝、アパート付近を調べて回ったがイーライの姿はなかった。私は部屋に戻り、トイレに入って用を足した。タンクのレバーを引いて水を流した。もう少し力を入れてレバーを引くとレバーは一回転して隠し扉が開いた。小さな扉を背をかがめて通り抜けると発射台までの通路に出た。私はそこを歩きながら宇宙服に身を包んでいく。私はタラップを駆け上がる。ロケットの操縦席に乗り込むと一息ついて計器をチェックする。「このロケットは私だけのものだ」私はつぶやく。

 発射のボタンを押すと誰かがロケットの窓を叩いている。多分、大鴉がクチバシ使って叩いているのだ。私はそう思う。大鴉は羽ばたきをしながら大声で鳴き叫んでいる。その声はまるで女の泣き声のようだった。

posted by sand at 11:44| Comment(2) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
またこうしてsandさんの作品を読めるようになったのは嬉しいです。
こういう展開になるとは思わなかったです。
Posted by ring-rie at 2011年04月17日 21:07
こんちは。コメントありがとうございます。この文はイマイチだと思うけど、なんとなくリズムが出てきたので、出来るだけ続けたいとは思います。5月は無理かも。
これに出てくるポーの「レイブン」の朗読で良いのがあるから見てよ。俳優のウィレム・デフォーが読んでるの。ルー・リードのアルバムに入ってた。
http://www.youtube.com/watch?v=rckTOjag83w
Posted by sand at 2011年04月18日 10:11
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