2011年05月14日

Please Let Me Wonder

The Warmth of the Sun.jpg
The Beach Boys / The Warmth of the Sun

 うだるような夏日、俺は学生課でアルバイトの求人ファイルを眺めていた。出来るだけ人気のない、出来るだけ人に会わない仕事を求めていた。特に若者に会いたくなかった。
 その日のうちに面接を受け、その日のうちに採用の返事を貰った。
その夏、俺は葬儀社で働く事にした。

 基本的な就労内容は、初盆の飾り付けの補助だった。だが、採用担当者は「もっと早くから勤務出来るか?」と聞いてきた。その夏、俺の予定は一切なかった。「いつからでも、働きたい」と俺は返事をした。「じゃ明日から」担当者は言って、ホッとした表情をした。夏休みに葬儀社でバイトをしたい人間は、そうそういないのだろう。

 人気のない仕事だ。若い女の子の影もない。だから時給は悪くなかった。でも時給なんて、どうでも良かった。俺は無心に働きたかった。そして、その夏がとっとと過ぎ去ってしまう事を望んでいた。

 葬儀社の朝は早かった。俺は早朝6時過ぎに出勤し、すぐに般若心経を読まされた。朝礼が終わるとその日の葬儀の準備に取り掛かった。発注された棺桶を準備し、トラックに積み込んだ。バックヤードには値段ごとに棺桶が並べられていた。「じゃ〜それ積み込んで。それ5万のヤツね」俺はスベスベした棺桶を台車に載せ、布で磨き上げた。花輪や白黒の幕、祭壇を作る機材を積み込んだ。葬儀の準備は、かなりの重労働だ。

 トラックの助手席に乗って、死者の家に向かった。古いトラックにはクーラーが付いていなかった。俺は助手席の窓を開け、ひじを窓枠に乗せて目的地に向かった。強い風が吹き込んで、俺の額に浮かぶ汗を吹き飛ばした。夏の日差しは強烈だったが、その頃の俺は(今から思えば)理不尽なほど若かった。

 葬儀社の社員は陽気な男が多かった。運転席の若い社員は、AMラジオから流れてくる演歌に合わせて、こぶしを震わせて歌い始めた。
 「歩のない将棋は〜♪負け将棋〜〜〜んか♪」
俺はそれを見てハハハと笑った。俺は、ほとんどの社員から可愛がられた。同年代の人間と一緒にいるのは苦痛だったが、年上の人間となら、そうでもなかった。

 俺は無口で無愛想だったが、仕事は手を抜かなかった。会社に残って、同僚の仕事も手伝った。俺は同年代の学生の中でも変わり者だったが、ここに勤務する社員はそれ以上に変わっていた。
 会社を経営していたが、社内クーデターで追い出されてしまった50代の恰幅の良い男。ペニスに真珠を埋め込んだ、SEXだけが生きがいだと語る男。不倫の末、女房子供を捨てて不倫相手と一緒になったが、また違う相手と不倫を始めた懲りない男。異様に無口だが、時々切れて暴れだす危ない目つきをした男。小指が切り取られた男…等々。

 それぞれが重苦しい過去を持っていた。彼らは車の中で、それぞれの過去をあっけらかんと語り、ナハハと笑い飛ばした。俺は助手席で彼らの話を聞き、時々うなずいた。

 祭壇の飾り付けが終わると、布団の上に寝かされた死体を、棺桶の中に移し変えた。それらは遺族によって行われたが、俺はドライアイスを棺桶に敷き詰める作業を手伝った。死体の耳元や首筋付近にドライアイスを敷き入れた。その夏、どれほどの死体を見ただろう。死体を見るのは怖くなかった。生きている人間の方が遥かに怖かった。

 一度だけ、とても美しい女性の死体を見た。まだ若い女性だった。眠っているような傷一つない穏やかな死顔だった。俺は普段より顔を近づけてドライアイスを詰め込んでいった。詰め終わって、顔を上げると妙な気持ちになった。どう言い表したら良いのか分からない。

 俺は辺りを見回してから、もう一度、身体を倒し、その女性の耳たぶを触った。

 バイトが休みの日は、朝早く起き出して、バイクで海岸に向かった。と言っても、あまり目立たない狭い浜辺を持った海岸だ。真夏でも若者の姿は、それほど見当たらなかった。近所に住む子供達と、その母親。それに何故だか老婆の姿が多かった。浜辺に着くと、Tシャツとジーンズを脱ぎ捨て、砂に腰を下ろした。コンビニで買ってきた缶ビールを喉の奥まで流し込んだ。

 それからウォークマンのイヤホンを耳にはめ込み、砂の上に寝転がった。ウォークマンには『The Beach Boys』のカセットが入っていた。その夏は、そのカセットだけを聴いて過ごした。
『Surfin’ U.S.A.』や『Fun, Fun, Fun』なんかの陽気なナンバーは外して、少しウェットなナンバーだけを選んでカセットを作った。
『Don’t Worry Baby』や『In My Room』や『Girls on the Beach』や『Caroline No』とか、そんな感じだ。

 Beach Boysを聴きながら、あまりに青過ぎて距離感のなくなった空を眺めていた。俺は一人ぼっちだったが、寂しくはなかった。俺はそれで良かった。それは俺が選んだ事だ。

 だが、一人では何も変わらない。変えられない事にも気が付いていた。俺は一人の心地良さを求めながら、それとは別の気持ちも抱いていた。つむじ風みたいな強風が吹いて、何もかも変わってしまうのだ。それまでの自分が一瞬で変わってしまう。そんな魔法みたいな出来事を待ち望んでもいた。

 『Please Let Me Wonder』が何よりも好きだった。ブライアン・ウィルソンの弱々しい声で、そう歌われると、心の中のどっかの部位が無意識に反応した。そして少しだけ熱い気持ちになった。
 
 俺は青空に両手をかざし、指の匂いを嗅いだ。その指に染み付いた死者の残滓を嗅ぎ取ろうとした。
 戻る場所を失い、さ迷い続ける匂いを、俺は、どうしても受け取る必要があった。




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posted by sand at 13:21| Comment(4) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あちらではお世話になりありがとうございます。
こちらにも伺わせてくださいね。
心の葛藤というか心の内部事情というか、本当に巧みに静かに描いてしまうsandさんの技、いつもすごいなぁと感じさせていただいています。
あと、youtubeをブログに載せるのはどうしたらできるのでしょうか(汗)教えてください、よろしくお願いします。
Posted by 秋桜 at 2011年05月15日 12:02
こんちは。コメントありがとね。
YOUTUBEをブログに張る方法はこれです↓
http://www.youtube.com/watch?v=ABztIw9C7es
ヤフーブログですよね。
ブログやってるんですね。こんど違うのも読んでみますよ。今はちょっと忙しいので、後ほど。「静」というのは可愛らしくてよかったですよ。
Posted by sand at 2011年05月15日 15:02
ありがとうございました。
頑張ってチャレンジしてみます!
Posted by 秋桜 at 2011年05月15日 18:58
こんちは。頑張ってみてくださいね。
Posted by sand at 2011年05月16日 17:06
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