2011年05月21日

blue.jpg 月.jpg
RC SUCCESSION / BLUE

 夕方、足の爪を切ってたら窓ガラスにコツンと何かが、ぶつかった音がした。
窓から顔を出すと吉村が立っていた。

 ジャージにサンダルをつっかけて、慌てて階段を降りた。
「やあ」僕は吉村に駆け寄って手を上げた。吉村をそれに答えずに片手を突き出した。
吉村の手には小石が五つ握られていた。「1個目で気がついたね」吉村は残念そうに首を振った。
僕は部屋の窓ガラスを見上げて「チャイム鳴らせよ」と言った。

 吉村は「RCサクセションの新しいレコードを聞かせて欲しい」と僕に言った。この前、会った時にそんな約束をしたのを思い出した。
「今、部屋を片付けるから、ちょっと待ってくれ」僕は部屋に駆け戻って、雑誌やゴミを押入れに詰め込んだ。
吉村が…、いや、女の子が部屋に来るのは初めてだった。

 「カーテン無いの?」吉村は部屋に入るなり驚いていた。「うん」僕は答えた。「どうして?」吉村は理解できない顔をしている。
「寸法とか計るの面倒くさいから」と答えた。「面倒かな?」吉村はまだ理解できない様子でカーテンのない窓ガラスの前に立ていた。
僕は彼女を諭すように「ほら、向かいの家の屋根が綺麗に見えるだろ?」と言った。「うん。それが何か?」と吉村はまだ不思議そうにしている。
「いや。見えるよねってこと」僕はそれ以上説明するのが面倒になった。

 吉村は駅前のパン屋で買ったラスクを差し出して「お土産」と言った。僕は礼を言ってラスクを皿の上に広げた。ここのラスクは旨い。我慢できずに1枚頬張った。カリカリして適度に甘くて美味しかった。僕はラスクの欠片をポロポロこぼしながら食べた。吉村は笑ってそれを見ていた。『どうしてそんなに、こぼせるの?』とか言いたげに笑っていた。僕は吉村に笑っていて欲しくて、いつもより余計に、こぼして食べた。

 吉村とは学生の頃に知り合った。仲が良かった。吉村も僕もマイナーな音楽や映画を好んだ。話が合った。だけど、それ以上の間柄には、なれないでいた。女の子はいろんな事を考えてそうで面倒だったからだ。「駆け引き」とか使われたら裸足で逃げ出したかった。
吉村は僕と会っているときに何度か悲しそうな顔をした。僕はどこかで彼女を傷つけているような気がしていた。

 RCのレコードをプレイヤーに乗せて、ジャケットを吉村に手渡した。「コーヒーいれようか?」僕はついでに聞いてみた。吉村は流し台に視線を向けた。台の上にはコーヒーカップが1個乗っていた。中から歯ブラシと歯磨きが顔を出していた。この部屋には飲食用と洗面用の兼用コーヒーカップが1個しかなかった。「ありがとう。でも無理そう」吉村は気の毒そうに断った。

 レコードの再生が始まると吉村は歌詞カードを凝視したまま動かなくなった。自分の好きなことを、やり始めると途端に吉村は周囲が見えなくなった。僕は吉村のそんな所が好きだった。そんな時の吉村は誰にも媚びたり、合わせたり、気を使ったり、自分を良く見せたりしなかった。僕はそんな吉村を脇からそっと眺めているのが好きだった。

 レコードが終わる頃になると辺りの陽は落ちて、すっかり暗くなっていた。カーテンのない窓にはポッカリと月が浮かんでいた。窓の月に気がついた吉村は、その明るさに見入ってしまった。僕が蛍光灯の明かりを消すと、月は益々明るく光り輝いた。

「綺麗だね」吉村は僕のすぐ横に座って言った。僕と吉村はとても近くにいた。手を伸ばせば彼女の髪に触れることが出来た。吉村の長い髪は、月の光に照らし出されて、生き物のように揺れ動いた。

 辺りはシンとして、みんなどっかに旅立ってしまったようだった。ただ月だけが、ここを見守っていた。退屈そうにポカンと空に浮かんで、この部屋を覗いていた。
 僕と吉村を黙って月を眺めていた。
しばらくして、吉村は「コホン」と咳払いをした後「やっぱりカーテンが無いの変だよ」と言った。「そうだね」と僕が言うと「今度、一緒に買いに行こうか」と言った。
「うん」と僕がつぶやくと、吉村は付け加えるように「私のコーヒーカップも買うね」と言った。

 それから僕は吉村を抱き寄せてキスをした。
お月様は、恥ずかしがらずに、それを見ていた。



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posted by sand at 11:21| Comment(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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