2005年02月20日

Tears of Rage

地下コ.jpg mizuumi.jpg

自転車から飛び降りた埼玉ネコは、手招きしながら、こう言った。
「心に刺さったトゲを抜きに行きます。象の心です。」

そこは道沿いに続く、林の中だった。林には小道が通じていて、埼玉ネコは林の奥へと分け入って行った。
後を追って、林の奥へと進むと冷たい風が頬を打った。水辺が近い。
林は不意に途切れ、一瞬のうちに視界が開けた。そこには、かって見た事のない雄大な景色が広がっていた。私は、驚きのあまり立ち止まらずにいられなかった。

広大な湖だ。見渡す限りに豊かな水を芳醇に湛えた蒼く美しい湖が広がっている。朝日に照らされて眩く光る湖面。それは穏やかな風に揺らめきながらキラキラと輝いていた。

そして湖畔には、象の群れがいる。何千、何万、何十万、それは、広大な湖畔を埋め尽くすがごとく、膨大な数の象の群れが佇んでいる。
それは真に宗教的とも言える光景だった。

驚いた事に、それらの象の群れは、まったく動く気配を見せず、まるで静止画像のように停止したままなのだ。
象達は、まるで魂を抜かれたように、その場に呆然と立ち尽くしている。鳴く事も、走る事も、寝そべる事も無かった。ただ、象達は何かを待ち受けるように、その場に立ち尽くしているだけだった。

埼玉ネコは、1頭の象の鼻先に歩み寄り。その鼻先に自分の頬を寄せた。象は、嬉しそうに、埼玉ネコを鼻先に乗せて高々と持ち上げた。

象の頭部に、ボッカリと穴が開き、埼玉ネコは、その穴の中にスルスルと降りて行った。

象の瞳から、沢山の涙が流れ落ちた。
やがて象は、ゆっくりと足を折りたたみ地面に横倒しになった。


しばらくして先ほどの穴から埼玉ネコが姿を現した。
口に、何か、くわえている。白く光る大きな骨のような物だ。
おそらく、それは象の心から抜かれたトゲなのであろう。

埼玉ネコが象の身体から身を離すと、そのトゲは、銀色の魚に姿を変えた。
埼玉ネコは、その魚を大切そうに、湖に放った。
銀の魚は、眩いほどの輝きを残して湖中に消えていった。


埼玉ネコは、その作業を何頭も何頭も繰り返した。

象の心から抜き取られたトゲは、数多くの銀の魚となって、湖中に消え去った。

私は時間の感覚を忘れ、ずっと、その光景に見とれていた。
トゲを抜かれた象は、静かに目を閉じ、もう二度と動かなくなった。

どれ位の時間が過ぎただろう。
何頭の象のトゲが抜かれ、どれだけの銀の魚が輝く湖面に放たれただろう。
埼玉ネコは、私のそばに歩み寄ると、声をかけた。
「疲れました。もう行きましょう。」


私は前を歩く埼玉ネコに、たまらず声をかけた。
「どうして象の心にトゲが刺さるんだい?」

埼玉ネコは、後ろを振り向かずに、こう言った。
「この世の怒りや哀しみを、象達は引き受けて、心にトゲを残すのです。」

「どうして象なんだい?どうして象だけが引き受けるのか分からない。」私は言った。

埼玉ネコは、今度は立ち止まり振り返って、こう言った。
「誰もが何かを引き受けているのです。この世の全ての生き物は、この世の全ての生き物の為に傷ついているんです。血を流しているんです。それは当然の事なのです。」

私は、もう一度、湖を振り返った。
象の流す涙を思い。湖中に住む、銀色の魚を思った。

 いかりの涙、かなしみの涙
 なぜわたしがいつも盗人にならなくてはならないのか?
 さあ おいで、わかってるだろう
 われわれはすごくさびしくて
 いのちはみじかいのだ
   「Bob Dylan・Richard Manuel/Tears of Rage」
posted by sand at 11:55| 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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