2005年02月22日

押し出しの強い、ゆで卵

ゆで卵.jpg

「<ゆで卵>に、根性や勇気を求めるのは、どうかと思いますよ。」と、君は言うかもしれない。
言わないかもしれない。どっちでも良いと思ってるのかもしれない。
実際、どっちでも良いけどね。

根性や勇気を兼ね備えた<ゆで卵>に出会うと、人は「ク〜〜」と一声唸り、額に滲み始めた汗を拭うであろう。大きく背伸びして、今日の運勢を思い返したりするだろう。長く辛い闘いに想いをはせ、暗く長い廊下に立ち尽すしているような暗澹たる気持ちを持つだろう。

その人に与えられた<ゆで卵>が、はたして、いかなる性格の持ち主なのかを推し量るのには、かなりの年月と力量を求められる。

ある者の<ゆで卵>は、人当たりが良く、朗らかで、サッパリした態度で、協力的だ。
すべては、陽だまりの中を、サラサラと流れ行く、小川のせせらぎのように、つつがない。
それは至福の一時。コール&レスポンスの大宇宙。あなたが触れば、私は脱ぐの。
少しぐらい抵抗したって構わないよ。の素晴らしさ。

そして、根性や勇気を兼ね備えた<ゆで卵>に出会った者は、己の不遇を嘆き、運命の悪戯を呪う事になる。
この手の、<ゆで卵>には、まるで協調性がない。悪意だけが白身の周りを渦巻いている。
嫌らしいほどの粘着力で白身はカラに、しがみ付いている。
「お前ら、どういう関係なんだよ!」と嫉妬深く、背景を疑ってみたりする。
剥けば剥くほど、黄身だけに痩せ細ってしまうのが、ムカつく。
「これだけ、努力して、これっぽちの成果かよ!」と労働分配率に疑念を挟んだりする。

そんな訳で、根性や勇気を兼ね備えた<ゆで卵>は、確実に存在し、我々の生活を脅かしている。
のだ、そうです。


posted by sand at 04:29| コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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