2011年07月03日

44

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Syd Barrett / Radio One Sessions

「昨日、ドミノを倒したよ」

44が、私に声をかけたのは、スポーツクラブのラウンジだった。彼はシャワーを浴びた後のようで上半身は裸だった。
「何年続いてた?」私は手にしていたスポーツドリンクを彼に勧めたが、44は右手を振って断り「3年」と答えた。

「良い頃合だね」私は44の隣に腰を下ろした。「まあね」44は満足そうに頷いた。
「もう始めたかい?」私は額に流れ落ちてくる汗をタオルで拭いた。「ああ。すこしばかり時間はかかったけどね。また始めたよ」

 私はスポーツドリンクで喉を潤した。「3年は彼にとって幸運だったね。良い経験で、けりが付く」44は髪を短くして精悍な感じを与えた。薄っすらと伸びた無精ひげも彼の品位を落とすほどではなかった。
 44は微かな笑みを湛えながら「誰もが私を悪魔だとか死神だとか呼ぶ。だけどね。考えてみてくれ。ドミノは最初から倒れるものだよ。それを分かった上で始めるんだ。けれど、いつしか、それを忘れてしまう」と言った。
「そして君の出番が来る」私は44に笑いかけた。
「君のドミノは何年になる?」44は真顔で私に聞いた。
「もう18年になる」私の声は緊張する。
44は笑顔を見せて「君のドミノを倒すのは、まだ先のことだよ。どのくらい先かは分からない」

 44が私の並べているドミノに指をかけている事は分かっている。彼はいつでも指先に力を加える事が出来る。一つ、倒れれば一瞬のうちに終わってしまう。3年であろうと18年であろうと30年であろうと。でも私はいつも考えることにしている。「それが終わりではない。また直ぐに始めることができる」と。
 実際、終わりなどはないのだ。その人が死んでしまうか、諦めてしまった時が本当の終わりだ。

 次に44に会ったのは早朝の路上だった。私は納品の途中で路側帯に車を止め、酒屋の前にある自販機で缶コーヒーを買い求めた。44は自販機横の植え込みに、うずくまっていた。かなり酷い状態だった。酒の匂いが強くした。私は44を抱え起こすと酒屋のシャッターの前に座らせた。冷たい水を買って彼に与えた。彼は水を飲み干した後「すまない」と口にした。

 少し落ち着いた後に彼は語り始めた。まだ夜は明け切れず、車も人も見かけなかった。私は彼の横に座って話を聞いた。
「50年以上続いたドミノだった。その人は3代目で誠実で真面目な人だった。でも真面目過ぎたんだね。頑なになり過ぎて、時代の流れに対応できなくなってしまった。それが彼を追い詰めた。でも彼は変わることが出来なかったんだね。それでドミノは倒れた。さらに悪いことに奥さんと子供を道連れにしてしまったんだよ」44は溜息をついた。
「死んだのかい?」私が尋ねると44は深くうなずいた。

 私は言葉を失ったが、なんとか彼に声をかけた。「その人が弱かったんだよ。君がいつも言うようにドミノはいつか倒れる。それをその人は受け入れられなかった。それがドミノなんだと言う事を忘れてしまった。最初から確かなモノなんか一つも無いことに気がつかなかった。その人があまりにも世の中を知らなかっただけだ。奥さんと子供の事を思えば、地面に這いつくばって、もう一度、最初から始めなければいけなかった」44は憔悴しきった目を閉じてまま、それを聞いていた。44は何も答えなかった。
 私は納品の続きもあって、彼をそこに残したまま、車に乗った。

 その後もテレビやネットのニュースで44の動きを垣間見ることが出来た。44はドミノを倒し続け、倒された者達は、また新たなドミノを並べ始める。いつ、どこで、44がやってくるのか誰にも分からない。理由も時期も関係なく、心情も言い訳も通用しない。

 ただ並べられたドミノは、いつしか倒されてしまう。44の指先からは誰も逃げられない。



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posted by sand at 05:38| Comment(0) | 超短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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