2006年08月28日

Blue River

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Eric Andersen / Blue River

 吊り道具を抱えてバスに揺られていた。

山間の曲がりくねった道をバスは低速で走っている。窓から谷底を見下ろすと青く澄みきった川の流れが夏の終わりの太陽の光を面倒臭そうに跳ね返している。

 「もう夏も終わりだね」
隣に座ったアライグマ男は、自分の腕時計の時刻とバスに設置された置き時計の時刻が微妙に違う事を確認するのに忙しくて、私の言葉が聞こえない。
 何度も時刻を見比べて『本当にもう困ったもんだ』と言う顔つきをしてプンプン腹を立てている。

 「変なところA型だよな」私はつぶやいたが、やっぱりアライグマ男には聞こえていない。だいたいアライグマ男がA型だったのかも良く憶えていない。まあ、どっちでも良い。実際、興味が無いんだ。

 ひなびた停留所でバスを降りた。
外に出るとムッとした熱気が襲ってきたが、やっぱり山間部だ。都会の熱気とは明らかに違う。時折、清涼とした微風が吹き抜けて行く。
 来て良かった。

 私は手に持った麦藁帽子を目深に被り、谷底の川を目指して足を踏み出す。
「さ、行こうか。缶ビールが待ってるぜ!」威勢良くアライグマ男に声をかけるが、またしても彼からの返事はない。
 振り返るとアライグマ男は、手帳とエンピツを手に持ち、バス停に向かって何事か丹念にメモしている。どうやら帰りのバスの時刻を入念に書き込んでいるようだ。
「やっぱりA型なのかね」私はアライグマ男が書く、小さくて角張った文字を眺めながら微笑む。

 釣り糸を垂らし、竿を固定すると、私は早速に缶ビールを開ける。
バチバチと弾ける香ばしい液体を体内に流し込みながら、耳を澄ます。
蝉の声、川のせせらぎ、木の枝が揺れる音、アライグマ男が鼻をすする音。
私は目を閉じてビールとそれらの音達を身体一杯にまで満たす。
 今年の夏は随分慌しい夏だった。少しもユックリとした時間が持てなかった。
私はこの夏に何かを置き忘れて来たような気になっていた。もっとも、それは金目の物ではなかったけれど。

 改めて釣り糸を垂らすアライグマ男に目をやると、彼は少しスッキリして見えた。今まで気がつかなかったけれど、確かに痩せて見える。

「少し痩せたかな?」私は声をかけてみる。
アライグマ男は眉間に皺を寄せ、憂鬱そうな声で答えた。
「糖尿気味でしてね」
「ふむ。なるほど」
人にはそれぞれ事情があり、やがて歳と共に事情だらけとなる。


 それから、2〜3時間が経過したのだろうか。さっきまでの晴天は少しずつ曇り空に変わり、川風は涼しさを増していた。
魚は一匹も釣れなかった。私は水面に固まってしまったウキを眺めながら缶ビールを飲み続けた。
アライグマ男も黙って何事か考え込んでいる。

 やがて雨粒が川面を打ち始めた。瞬く間にそれは大量の雨に変わった。
夕立だ。

 私は不意を付かれたように雨の中で身動きが取れなくなっていた。だが、それは苦痛では無かった。雨は容赦なく私を殴りつけた。そして私は隅々まで打ちのめされ、隅々まで水浸しになった。

 私は雨のされるがままにして水面を放心したように見つめている。
水面には無数の水柱が上がり、辺りを霧のような水蒸気が覆い尽くした。
私はアライグマ男を思い出した。彼はどうしている?慌てて辺りを見回した。

 アライグマ男は折りたたみ傘をさして、私の少し後ろに立っていた。
「そうか。入念に天気予報をチェックしたんだな」私はアライグマ男の周到さに舌を巻いた。

「ねぇ君」私はアライグマ男にある種の疑念を感じて問い掛けた。
「君は僕と少しだけ離れた場所に立っている。だが、君は僕の真後ろに立つ事も出来る。それによって僕は幾らか雨を避ける事が出来るかもしれない。
何故。君は離れた場所を選ぶ?僕にはそれが分からない」

「それは君が望んだ事だ。君は雨に打たれる事を望んでいる」
彼は答えた。
 そう。私は確かに雨を望んだ。だが、どうしてそれが彼に分かるんだ?アライグマ男は知っているのだ。何もかも知っているのだ。

「君は知っているんだな?頼む。もう一つだけ教えてくれないか?
今、この状態を終わりにするのは、僕自身なのかな?それとも君なのかな?それとも、この雨なのかな?

僕がこの場所から雨を避ける為には、僕自身がそれを終わりにする必要があるのだろうか?
それとも、他の誰かが終わりだと告げてくれるのを待つ必要があるのだろうか?
それとも、何も手をくださなくても勝手に終わってしまうものなのだろうか?


 もちろん、アライグマ男は答えなど口にはしない。彼は、そんな男だ。

 私は、自分の発した言葉の余韻が、激しい雨に流されて行くのを眺めていた。
それらは不様に泥の大地を滑り落ち、やがて川の流れに抱き寄せらた。



★久しぶりに書きましたが、出来が良くなかった。ま、仕方ない。もう寝よう。
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