2005年03月07日

Time After TimeD

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Hold Me Now

アキコが「お腹がすいた」と言うので、僕は、モスバーガーを買いにバイクを走らせていた。
誰もいない、闇に包まれた通りを、バイクは風を切って進んだ。

部屋に戻ると、アキコは、トンプソン・ツインズの「ホールド・ミー・ナウ」を聴きながら、台所で洗い物をしていた。
小さなテーブルは、綺麗に拭き上げられて、真ん中に赤いハンカチが乗せられていた。

僕はアキコに礼を言った。
アキコは、唇の片端だけを持ち上げて、レイ・ディビスのように笑った。

僕らは、テレビを見ながらハンバーガーに、かじりついた。
アキコは、ハンバーガーを食べながら、僕に、その話しを始めた。

「ポール・クレイマーの娘の話しって知ってる?」
「いや、知らない。」僕は答えた。

「ポール・クレイマーは、古い時代の貴族で大金持ちだったのね。彼には、美しい娘がいたわ。
でも、とても痩せてたのね。別に彼女が小食だった訳ではないのよ。
むしろ、大変な食いしん坊だったわけ。

なにしろ大変な大金持ちだったから、食べる物は、山のようにあったわけね。
彼女は、それをペロリと一口で飲み込んじゃうのね。
どんな大きな果物でも肉でも。ケーキでさえ、一口で飲み込んじゃうのよ。ペロリってね。」

僕は、ハンバーガーやポテトを頬張りながら、ボンヤリ、その話を聞いていた。

「実際には、彼女の、お腹の中には大きな回虫が住んでたのね。
とても大きな回虫だったから、どんな食べ物でもペロリと食べちゃうのよ。
でも古い時代だから、誰もその事に気付かないのよ。
家の人達は、彼女に沢山の食べものを与えたわ。
でも彼女は太るどころか、だんだん痩せて弱って来たのね。
家の人達は、心配で彼女のお腹が、どこか別の場所に繋がっているんじゃないかと疑ったのね。

それで、1つのプランを立てたのね。
小鳩を一羽、生きたままパイに詰めて、彼女に食べさせるの、もし、彼女のお腹が、別の場所に繋がってたら、小鳩は、そこから飛んで戻って来るだろうってね。

ある日、生きた小鳩をパイの中に入れて彼女の前に持って行くと、彼女は、いつものようにペロリと一口で飲み込んだのよ。」

アキコは、一呼吸おいて僕に質問した。
「それで、どうなったと思う?」

「回虫が小鳩を食べちゃったんだろ。」僕は答えた。
「バカね。お腹の中でパイから出てきた小鳩は、回虫を摘まんで食べちゃったのよ。」
「それで?」
「それで、彼女は、元気を取り戻して、幸せに暮らしたのよ。」アキコは、笑いながら言った。

「小鳩は、どうなったの?」僕は、聞いた。

「小鳩は、彼女のお腹の中で、彼女が死ぬまで、彼女を守ったのよ。
そういう種類の小鳩だったのね。
小鳩が、ずっと彼女のお腹に、いてくれたから、彼女のお腹は二度と傷つく事は無かったわ。
彼女を、傷つける者は、誰もいなくなったの。」
アキコの話しは、それで消えてしまった。

しばらくして、「何を言ってるのか、わかるわよね?」とアキコは聞いた。

僕は、アキコが抱えている物が見えるような気がした。
でも僕は、首を横に振った。

テレビ画面には、異常にテンションの高いコメディアンが映し出されている。
誰もが抱える苦痛や不安は、ずっと引き出しの奥深くに仕舞い込まれていた。
それが80年代だった。良し悪しとは、無関係な時代の空気だった。

僕は、そのメインストリームから、ずっと離れた場所にいた。
もしかすると、アキコも、そうなのかもしれない。
でも、それは僕の考える事じゃない。
アキコの小鳩は僕には見えない。
posted by sand at 04:42| 連作小説・アキコ物(Time After Time) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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