2006年09月08日

象が舞い降りた日(中篇)

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Osibisa / Heads

 Osibisaは知らなくても『Sunshine Day』なら知ってる(かも?)試聴は、こちらをクリック。

 オイラは父さんに育てられた。母さんの事は何も知らない。生きてるのかも、死んでるのかもしれない。父さんは何も話さなかった。オイラも何も聞かなかった。オイラと父さんは世の中の端っこで生きてきた。だから全部を知る必要なんかなかった。それを知ったとしても、オイラには手の届かない事なんだ。きっと手に余る事なんだ。
 オイラは学校でも仕事場でも友達なんて出来なかった。誰もオイラを憶えてはいなかった。オイラは誰からも記憶されず、教室や職場に一人置き去りにされてきた。「あ、お前いたのか?」誰かが思い出したようにオイラ認め、そのまま直ぐに忘れ去った。オイラは顔も頭も悪かったし、言葉が上手く話せなかった。オイラがこの世に存在する意味など最初から無かったんだ。
 オイラは忘れられる為に産まれて来た。オイラは、そこにいても、そこにはいなかった。存在なんかしなかった。

『その時、俺達は空の中に存在していた。喜びのあまり俺達は、もっと高く高く、その棲家を変えていった。空に近づけば近づくほど、俺達の願いは確かなものになると信じて疑わなかった』象は長い鼻を持て余しながら話し続けた。

『だが空を上れば上るほど、願いが叶えば叶うほど、俺達は孤独になって行った。もう誰も俺達に触れられる者はいなかった。俺達が触れる事の出来る生き物は、周りにいなくなってしまったのだ。
 
 大空は楽園だった。かって俺達の先祖が夢に見た楽園そのものだった。
そこには争いも侵略も憎悪も差別もなかった。大空に抱かれた平和で平等な楽園だった。だが、それは俺達の今日と明日を曖昧にしてしまった。それが今日であろうと明日であろうと寸分も違わない一日に変わりが無かった。俺達は幸福と言う囲いの中で、その存在を失って行った。
今日の俺が俺である必要などなかった。俺が俺として今日、存在する必要などなかったのだ』


「無って、どんなものだろう?」
父さんは病院のベットに横になったまま、オイラに尋ねた。それから激しく咳き込んだ。父さんは辛そうだった。でも、父さんは話すのを止めなかった。だって、オイラも父さんも、その事を知っていたから。父さんの病気が、もう手遅れだと言う事を。


posted by sand at 12:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昨日から『Sunshine Day』が頭の中でぐるぐるしてます。オシビサって全然記憶になかったけど、この曲は知ってました。大変ツボです。ありがたいことです。
しかし象はカッコイイ。お父さんもカッコイイ。
後編も楽しみにしてます。
Posted by ショコポチ at 2006年09月09日 21:09
まいどです。
『Sunshine Day』は、ボヨヨンとした曲だけど、歌詞は結構ヘビーだったような気がします。

今回は、ちょっと大袈裟過ぎました。ま、最後まで書けたのは良かったけど。

いつも読んで頂いて、ありがとうございました。
Posted by sand at 2006年09月10日 20:22
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