2005年03月05日

Time After TimeF

Ocean Rain.jpg
The Killing Moon

その日。バイトで遅くなって部屋に戻ると、アキコが、部屋の前で待っていた。
僕は詫びを言って、アキコを部屋に入れた。
アキコは元気がなかった。僕は、コーヒーを入れてアキコに飲ませた。
アキコは、コーヒーを飲むと落ちついてきて、少しづつ話し始めた。
バイト先のトラブルで、仕事を辞めて来たと言った。

「私は、人と長く一緒にいる事が出来ないのよ。いつも、どっかでパンクしてしまう。どうしてだろうね。」アキコは嘆いた。

「私は、何もかも、わからないのよ。自分が誰で、何の為に産まれてきて、何を求めているのか。
どこに行けば、何が見つかるのか。誰に会えば、どこに行けるのか。
わからない。誰も教えてくれないし、自分では何も思いつかないの。」

僕は何度か、うなずいた。でも言うべき言葉が見つからなかった。

「あなたは未来を描くペンを持ってる。でも、私は何も持ってない。誰からも与えられなかったし、誰からも奪えなかった。私は、待ってるだけなのかな」

アキコは、下を向いて黙った。

しばらくして、アキコは小声で、つぶやいた。
「私は忘れていないわ」

アキコは、僕の目を見つめた。

その時、僕は不安定な気持ちになった。
その気持ちは、僕を根こそぎ、さらって行くように感じられた。
過去と未来を貫いて、僕は、そこから放り出されるような恐れがした。
僕は、何も知りたくない。僕は、そこに踏み出したくない。

僕は、瞳を閉じ、意識を集中して、必死で、ある事を思い続けた。

 僕は、この扉を開かない。僕の中には誰も入れない。
 僕は、誰も信じない。僕を傷つける者はいない。
 僕は、誰も愛さない。僕が救える者はいない。
 僕は、僕を許さない。許される者は、僕ではない。

やがて、不安定な気持ちは、海辺の潮が引くように消えて行った。

視線を戻すと、アキコは下を向いて、テーブルに置いてあったレコードジャケットを眺めていた。



それ以来、アキコは僕の部屋に現れなくなった。
僕は、寂しい気持ちとホッとした気持ちが交錯していた。

僕は、就職活動で忙しくなっていた。

就職が決まって、キウチに会うと、別な女の子を連れていた。
アキコの事は、何も聞かなかった。



アキコが、最後に、僕の部屋を去ったテーブルには、アキコが眺めていた、レコードジャケットが置かれていた。
エコー&ザ・バニーメンの「オーシャン・レイン」。

僕は、「キリング・ムーン」を聴きながら、ぼんやりとした朝を迎えた。
posted by sand at 13:55| 連作小説・アキコ物(Time After Time) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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