2006年10月13日

みの虫種の彼

Try Anything.jpg

Alan Parsons / Try Anything Once

 その日の午後になって、僕はスケキヨ君から届いていたメールの事を思い出した。

 10月の雨の朝。僕と彼女は些細な事から喧嘩になり、彼女は傘もささずに部屋を飛び出した。
 僕らは映画に行く予定だった。僕は暗い気持ちでソファに横になり、目を閉じて時計の秒針の音を聞いていた。午後の予定はポッカリ開いてしまった。僕は損をした気持ちになっていた。何かで埋められるものなら…。僕は記憶の中に手がかりを探し続けた。

 スケキヨ君のメールの事を思い出したのは、その時だった。
僕はソファから起きあがるとPCを立ち上げた。キッチンでコーヒーを入れ、雑誌の上で爪を切った。すると幾らかマシな気分になってきた。
切った爪をゴミ箱に捨てた後、冷蔵庫から柿を取り出して噛り付いた。
 スケキヨ君からのメールは2ヶ月前に届いていた。

 メールをクリックして開く。短いメールだ。
『憶えているかな?山内スケキヨです。子どもの頃、隣に住んでた。どう?思い出した?僕は君を憶えている。不思議な事に君を憶えている。会えるかな?でも、待っている訳ではない。すべては君の意志のままに』
 メールの終わりには彼の住所が書き込まれていた。彼は今、そこに吊るされている。

 僕はスケキヨ君を憶えていた。最後に彼に会ったのは、彼が『みの虫種』のライセンスを取得した日の事だった。彼は僕より2歳年上で僕はまだ高校に通っていた頃だった。
 学校からの帰宅途中、玄関先で煙草を吸っている彼に会った。「受かったよ」彼は僕に告げた。彼はこの辺りでは比較できる者がいないほどの天才だった。『みの虫種』の資格を取得出来るのは、全国でも年に一人か二人だけなのだ。
「凄いね。おめでとう」僕は彼を称えた。でも、彼がどうして『みの虫種』になるのかは理解出来なかった。

「どんな気分?」僕は感じたままに尋ねた。
「気分はないよ。何もない」彼は目を閉じて答えた。僕には彼の考えている事が分からなかった。もちろん、それを理解出来るのは、ほんの一握りの高い知能を持った者だけだったのだが。



 『みの虫種』の人々は世界中の至る場所に逆さに吊るされていた。どうして、彼らが吊るされているのかは、正直、今になっても理解出来ない。ただ、それが世界で暮らす人々にとって最も必要とされ、誰からも尊く扱われている事に間違いはなかった。

 彼らが吊るされるようになったのは、ずっと昔、まだ世界が紛争の中にあり、殺戮兵器で傷つけ合っていた頃だった。当時の人々はそれぞれ違う価値観やイデオロギー、違う宗教や違う生い立ちによって激しく差別され、また、それらを捻じ伏せる力の奪い合いに明け暮れていた。
 世界の大部分の人々が、どんなに平穏を願おうとも、それらは一部の特権的な階層によって、ひどくイビツに捻じ曲げられてしまっていたのだ。
 
 その時、ある優秀な科学者が高い橋の上から吊り下げられた。誰も彼の行動が理解出来ない。気が狂ったのだと人々は騒ぎたてた。だが、その意味を解する優秀な頭脳を持った研究者が別な場所に現れた。彼もまた高所から吊り下げられたのだ。
その犠牲ともいえる波は、瞬く間に世界中を覆って行ったのだ。世界のあらゆる場所で、その意味を解する高度な知能を持った者達が自らの身を吊るした。

 当初、彼らの行為を嘲笑った人々も彼らを崇高な存在だと認識するようになった。平穏を願う人々の願いは、『みの虫種』の人達の存在によって、一つの大きなウネリに変わっていったのだ。静かなウネリは長い長い年月をかけて、力を持つ者達を無能にしていった。『力』を『願い』が打ち倒したのだ。

 僕らが暮らす今の世の中には、些細なイザコザは有っても大きな紛争は見当たらなかった。誰もが自分が何者で、何をなすべきかを、わきまえていた。指導者は僕ら個人の胸の中にあるものだ。人として産まれ、生活を営む中で、人は自然と同じ方向を向いているものなのだ。どんな人でも。



 僕はスケキヨ君の吊り下げられた橋の下に向かう電車の中で、彼と過ごした幼い頃を思い出していた。彼と僕は、広場で遊んだ帰り道、鉄橋に下に吊るされた『みの虫種』の人を眺めながら『みの虫唱歌』を歌ったものだ。

 『みの虫唱歌』は、『みの虫種』の人達が好んで歌う童歌のようなもので、小学校の音楽の授業で習った。
なんだかヘンテコな歌で、僕らは一緒にそれを歌いながら笑い合った。

 僕は当時から秀才だったスケキヨ君に『みの虫唱歌』の意味を聞いてみた。
「ねぇ。スケキヨ兄ちゃん。『みの虫唱歌』って、どんな意味があるの?」
彼は可笑しそうに微笑んで答えた。
「さぁ。どんな意味だろう?さっぱり分からないよ」


 スケキヨ君が吊り下げられた橋の下に着いた。僕は彼に声をかける。
「やあ!来たよ。憶えていたよ」
彼は逆さまに吊り下げられたまま、目を開けて微笑んだ。
「お。来たね。また会えた」

 僕は地面に腰を下ろして、足を投げ出した。なんだか、とてもリラックスした気分だった。
「どんな気分?」僕は昔と同じ事を尋ねた。
「気分はないよ。何もない」彼も同じ答えを告げた。

 それからしばらくして、彼はこう言った。
「あの歌を憶えているかい?『みの虫唱歌』。僕は、この歌を歌うと決まって君の事を思い出すんだよ」
僕の返事を待たずに彼は歌い始めた。もちろん僕も口ずさんだ。昔のように。

 『ラベック、サベック、イトマッソ♪
  う〜い。うよょ〜〜い。うよらろ〜〜ん♪

  一番風が吹いてきた〜♪
  お庭の芥子が首を振る〜
  海を渡って来た風は〜
  赤子の髪を濡らす風〜〜

  ラベック、サベック、イトマッソ♪
  う〜い。うよょ〜〜い。うよらろ〜〜ん♪

  白粉色した綿雪よ〜♪
  子猫の髭に降り積もる〜
  お山を越えて来た雪は〜
  死人の顔を塗り込める〜〜

  ラベック、サベック、イトマッソ♪
  う〜い。うよょ〜〜い。うよらろ〜〜ん♪』


 
 僕らは、しばらくの間、この歌の余韻に浸っていた。
それから僕は彼に、こう尋ねる。もちろん僕には彼の答えが分かっている。
「この歌に、どんな意味がある?」

彼は答える。
「さあね。さっぱり分からない」

ほらね。



☆脱力3部作。第一話。お粗末でした。

体重は4k減の81Kになりましたよ。では。


posted by sand at 03:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最初はカフカの変身みたいだと思っていたら、途中で1984になって結局はSANDワールドに引き込まれました。みのむし種ということは大人になると男はミノガに、女の人はみの虫のままということでしょうか?
Posted by ITORU at 2006年10月13日 18:49
どうも。いつも読んで頂いて、ありがとうございます!感謝です。

>みのむし種ということは大人になると男はミノガに、女の人はみの虫のままということでしょうか

そうなんですか。あれ男は蛾になるんですか?ちっとも知らないで書いてました。不思議発見。

ところでアラン・パーソンズのこのアルバムは持ってないんですよ。ジャケだけ好きだもんで。
『I Robot』を聴きながら書きました。これ良いアルバムだな〜。ではまたヨロシク。
Posted by sand at 2006年10月13日 19:11
アラン・パーソンズのこのジャケ、私も大好きです。
元ヒプノシスのストーム・トーガソンですね。

で、中身もけっこうイイですよ。
私は特に、10CCのエリック・スチュワートがヴォーカルの「WINE FROM THE WATER」って曲が好き。熟成されたポップです。

あと、相変わらずバカげたオーケストレイションのインストナンバーもちゃんとあるし。
Posted by PTR at 2006年10月14日 09:11
こんちは。ジーン・クラークは地味盤なのでガッカリでは?やっぱりベスト盤から入ってもらった方が良かったかな〜とか思ってます。

私、バーズ関連は昔から追及してたんで、こんど見繕って送りましょうかね。そちらのブログで打ち合せましょう。

いや〜。今回聴いててアラン・パーソンズ始めて良いと思いました(私聴いたの『I Robot』ですが)
確かファーストも持ってたんで聴きなおそう。
このアルバムも良さそうですね。早速、探しましょう。
10CCとも関連がらいましたか。なるほど英国POPですな。スタクリッジはかなり集まりました。これも地味だけどハマりますね。次はデフ・スクールに行ってみたい。

>相変わらずバカげたオーケストレイション

そうそう、これで勘違いしてました。聴き込むとPOPな良質のユニットですね。
Posted by sand at 2006年10月15日 16:47
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。