2006年10月17日

マーティン・スコセッシの夜(後篇)

Greatest Hits band.jpg
The Band / Greatest Hits

 アライグマ男は疲れも見せずに歩き続けた。
僕は何度も立ち止まり、息を整えてから彼の後を追う。

 暗闇に星明かりが差し込んできた。雲が晴れて満天の星空が顔を見せ始めたのだ。僕は星を仰ぎ見ながら、その頃、付き合っていた女の子の事を思った。
 僕は彼女と離れていると彼女に会える事ばかりを考え続けた。だが、実際、彼女に会えると僕はいっそう孤独になった。彼女と一緒にいればいるほど、僕の心は彼女の元から離れて行った。多分、彼女もそうだろう。
 僕らは離れ離れの心を抱えたまま、それでもお互いを求め合っているかのように思われた。

 アライグマ男は突然、崩れ落ちるように倒れ込んだ。レールの間に首を突っ込んでピクリとも動かなくなった。
僕は、ゆっくりと彼に近寄って聞いた。「どうした?」
「睡魔だ。睡魔にやられた」アライグマ男は呻き声を上げた。眠くなったようだ。

 僕は、彼に並んでレールに腰を下ろした。ポケットからクシャクシャになったセブンスターを取り出して残っているタバコを探した。端に押し潰されたタバコが一本だけ残っていた。皺を伸ばして火をつける。こんな時のタバコほど美味いものはない。僕はユックリと煙を吸いこみ肺にしばらく貯めてから、星空に向かって吐き出した。夜空に向かって白い煙が昇っていく。もう直ぐ夜が明ける。

 「お〜い。本当に寝たのかね?死んじゃうよ」僕はアライグマ男を靴の先で突つく。彼は顔を上げない。
「誰が哀しむかな?俺らが、ここで列車に轢かれたら?俺らには哀しんでくれるような人がいるのかね?
 ま〜親父とお袋は悲しむだろう。それより怒るだろうな〜。それから…山内は変わり者だから泣くかもね。山内スケキヨ。あいつ岡田由希子が自殺した時、号泣してただろ?あいつ訳がわかんねェからな〜。それで…そんなもんかな・・」

「アキコさん」アライグマ男は眠ってはいなかった。アキコは僕が付き合っている女の子だった。

 仲の良い男友達の間では女の話しはタブーなのだ(何故だか知らないけど)。どうして今日に限ってアライグマ男はアキコの話しを持ち出したのか?ま、どっちでも良い。もう直ぐ夜が明ける。

「アキコとは、もうダメだよ」僕は正直に言った。
「そうか…」アライグマ男は顔を上げずに小さくうめいた。

「俺はね。ダメなんだよ。普通の男って言うか。普通の人間らしく振舞えないんだよ。人間として、まずダメなんだ」

「例えば、どんな所?」アライグマ男はしつこく聞いて来た。しつこい男なんだ。
「例えば…息が臭いとか」
「致命的だな」アライグマ男は愉快そうに言った。

 アキコと僕は良く似ていた。僕らは地味でグループの端に影のようにくっ付いてるタイプだった。僕はアキコの考えている事が何も言わなくても隅々まで理解出来た。彼女にもそれが分かるようだった。僕らは、その事実に驚いた。僕は最初からアキコを全部知っていて、アキコは僕を全部知っていた。
 僕らは相手の思っている事を一つ一つ確認する作業に勤しんだ。それはお互いが常々思っていた事と寸分も違わなかったからだ。僕らは、それを恋だと思った。実際、恋だったのかもしれないが。

 僕らは、二人で映画を観に行ったり、街を歩き回ったりするようになった。最初は楽しかった。僕らは同じ場面で泣き、同じ場面で笑い。同じ場面で腹を立て、同じ場面で相手を愛しいと思った。

 だが次第にそれは苦痛に変わって行ったのだ。僕らはお互いを知り過ぎる。僕らは長い間一緒にいると相手を知る過ぎるが故に、ずっと先へ先へと考えを巡らすようになっていた。
 僕は彼女を傷つけないように先の先まで言葉を選んだ。だが、それを言われた彼女は、それが選ばれた言葉で有るが故に、その裏の意味まで分かってしまうのだ。それはお互いを傷つけた。何故なら僕もアキコも一人前の人間では無かったからだ。僕らはお互いに山のように欠点を抱えていた。それらを全部受けとめるには、僕らは幼すぎた。

 僕とアキコは二人でいる間も無口になって行った。知られたく無いものが、お互いには有り過ぎた。分かち合いたいものよりも、ずっと多かったんだ。

 僕は時々アキコを抱いた。アキコは目をきつく閉じて、決して濡れなかった。彼女は挿入の段階になると「痛いから」と言って僕の身体を離した。
 僕らは乾いた雑巾みたいな気持ちのまま、背中合わせに眠りについた。
時々振り向いて、アキコの細い肩を眺めた。僕はアキコを傷つけている。
でも、僕はアキコを離したくは無かった。アキコを失うのが怖かった。どんなに傷ついても僕はアキコを渡したくはなかった。どんな男にも。


 もう直ぐ、夜が明ける。アライグマ男は本格的に眠ってしまった。
僕の頭の中には映画『ラスト・ワルツ』で聴いた『It Makes No Difference』がグルグルと渦を描くように鳴り響いていた。

 リック・ダンコみたいに無垢な心を歌えたなら。心から直接転がり落ちる言葉を、その人にそのまま伝えられたなら。

 僕はアライグマ男の厚い胸に頭をもたれて、次第に眠りに落ちようとしていた。


 It makes no difference where I turn
 I can't get over you and the flame still burns
 It makes no difference, night or day
 The shadow never seems to fade away

 And the sun don't shine anymore
 And the rains fall down on my door

   The Band / It Makes No Difference



★脱力3部作。第2話。お粗末でした。今回はチビチビ書いて行ったので、流れが悪いって言うか、全然流れなかった。とほほ。

posted by sand at 17:59 | TrackBack(0) | 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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