2006年10月18日

曲がり角にあった10枚(そのC)

Blood on the Tracks.jpg
Bob Dylan / Blood on the Tracks

 妻の横で寝ている産まれたての娘の顔(上の娘)を覗きこんだ時、最初に口をついて出てきた言葉は、Bob Dylanの『Buckets of Rain』の歌詞でした。

 『生きることは かなしいよ 生きることは さわぎだよ
  できることは しなきゃならないことなのさ
  しなきゃならないことを するんだよ
  だから うまくできるのさ
  きみのためにするよ、ほら、わかるかい』


 子供が産まれて、まず思った事は、この子にとって私と妻は最大の敵になるのだな〜と言う事でした。もちろん私たちは子供を自分の命よりも大切に思っている。だからこそ、子供にとっては最大の味方であり、敵である事になる。

 子供が産まれて私達は、かけがえのない物を手にしました。でも、それは私達の物では決して無い、新しい命と考えを持った動物なのだ。と思うのです。
私達は、その子に躾と教育を施し、一人の人間として社会人として世の中に送り出したい。そして自分の世界観や夢を見つけ、生涯の目的や生涯の愛を見つけてもらいたい。そして、その時が来たならば、我々親との絆を絶ち切って欲しいと思う(子供には子供の絆が生まれる)。
 絆は切れても愛情が残れば、それで良いな〜と思う。

  できることは しなきゃならないことなのさ
  しなきゃならないことを するんだよ
  だから うまくできるのさ


 私は父と母から厳密に『こうやりなさい』と指示を受けて成長してきました。『お前には、今、これが必要だよ』親からそう言われた事に、基本的に従って来ました。うちの両親は中規模の会社をやっていたので、私は後継者として当然なんだ。と言う意識もありました。父や母が築いた物を守りたいと言う意識があったのです。
 そうやって様々な教育や研修や実習を受けて来ても、結果的に私が身に付けた物は一つもありませんでした。何も出来なかったのです。それは単純に教育や研修や実習でしかなく、それを社会の中で活用する事が、どうしても出来なかったのです。
 ただ、父や母の教えが、全く無駄だったという訳ではありません。それが役に立ったのは、ずっと後の事です。その時の私はしなきゃならないことをやっていなかった。そういう事になりそうです。

 独立して小さな店を持って、挫折し困窮し苦しみ抜いて、ようやく父や母の教えが理解出来ました。あの時の父の言葉が死後10年経って理解出来たのです。
 多分、今私はしなきゃならないことをやっているのでしょう。だから、そこそこうまくやれているのかもしれません。

 もし娘達がしなきゃならないことを見つけて来たならば、私は例えそれが間違いだと気がついたとしても、やらせるべきだはないかと思っています。それが間違いに終わり、親の監督責任を問われるのならば、私は潔く、その裁きを受けようと思うのです。

 子供を一人の人間として育て、独り立ちさせるのは、今の世の中では、とても困難な事です。私と妻は、常に子供達の学校環境に頭を悩ませ、心配し、悲観に暮れています。我々の、どこが間違いなのか?今我々がすべき事は何なのか?を考え続けています。結局、それが親としてしなきゃならないことなのだと思います。我々は現状から逃げず、しっかりと今と言う時代を受け止め、一歩も引かず、毅然と子供に相対さ無ければならないと思っています。

 とは言いつつ実際はかなり難しい。答えのないまま終わり。


★用事が多いので、コメント欄は暫くお休みです。すいません。


posted by sand at 17:57 | TrackBack(0) | コラム・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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