2006年11月10日

河熊

Dead Set.jpg
Grateful Dead / Dead Set

 『なあ、船頭さん』
 『はいな。お客さま』
 『今、行き違う船。様子が変だね』
 『ああ。あれなるは河熊にございます』
 『あれが河熊?どうだい。風流じゃないか…』
 『風が出てまいりました。どれ、先を急ぎますかな』

 
 地図を覗き込んだ。古い地図だ。所々破れている。
「M交差点を左に折れて、環状線に出る。K川までは真っ直ぐだな」
ひとりごと。

 今年の秋は暖かい。私は薄いシャツの袖を捲り上げ、テーブルのコーヒーに手を伸ばす。マグカップは日溜りの中に浮かんで見える。 
穏やかな陽射しが差し込んでいる。日が暮れるまで、私はそこに逃げ込もう。

「K川の堤防沿いを下る。運動公園を過ぎると、川は一つになる」
ひとりごと。

 風を切って自転車を漕ぐ。M交差点で信号待ち。ミニスカートの女の子が前を通り過ぎる。悪戯好きの秋風がフワリとスカートを持ち上げる。
「何をお持ちで?」
私は女の子がスカートの中に隠し持っている『種子』に思いを巡らす。
 「彼女がその不在に気付くまで、私が預かっていても良いな〜」私は顔のニヤケを止められない。

 交差点を横切って、川の方向に自転車を飛ばす。橋のある場所から誰かが歩いてくる。肩に長い竿竹を担いでいる。
 船頭だ。

 彼とすれ違う瞬間。彼の口から言葉が漏れた。
私は急ブレーキをかけて自転車を止める。ブレーキパットは細い声を上げる。
「なにか?なにか言われましたか」私は振り返って船頭に尋ねる。

 船頭は歩を止める事なく、声だけを張り上げる。
「河熊に会うぞ! 河を知るが良い。流れに身を任せ、力を消せば、そこに辿り着く」

「河熊??」私はその名を繰り返す。

 K川にかかった橋を半分ほど進んで、自転車を降りる。欄干にもたれて海の方向を眺める。この川は海へと続いていた。海から吹き上げる風が私の頬を撫でる。
 良い気持ちだ。

 振り返って、山の方角に目を向ける。彼方に見えるのはA山だろうか。
山はシンとした気配を運んでくる。私は耳を澄まし、その気配を聞き分ける。

 川上で何か動く物が、私の視線を捕らえた。
私は、ハッと我にかえり、目を凝らす。

「船だ!」
私は欄干から身を乗り出して、怪しい船の正体を見極める。
黒い人影が見える。一人だ。頭に赤い笠を被っている。
ん!知ってるぞ。その男を知ってる!
 私は弾かれたように飛び上がり、全速力で橋を渡り切り、川へと繋がる堤防を駆け降りる。

「何してるんだ! アライグマ男! 転覆するぞ!」
昨日の雨の影響で川の流れは、かなり早い。水かさも普段より増している。

〓〓〓.jpg 良く見るとアライグマ男は両手を前に突き出して、オールなど手にしていない。
「つかまれ! 船につかまれ! 倒れるぞ! 落ちるぞ!」
私は慌てふためく。汗が噴出し。喉がカラカラに乾く。心臓が高鳴り。息が切れる。

 アライグマ男は、ぼんやりした視線を宙に投げ上げて、身体をユラユラ揺らしている。両手は前に突き出したままだ。

 不安定だ。あまりにも不安定だ。
私は、その状況が許せない。安定させなきゃ。安定させなきゃ。私は半狂乱になって叫び続ける。
「つかまれ! 身を伏せろ! 状況を見ろ! 自分の状況を把握しろ!」

 船が揺れる度に、私は悲鳴を上げる。私は泣き叫んでいた。
「頼むから、どうにかしてくれ! どうにかしないと、どうにかなりそうだ! 頼む! 頼むから、そのままにしないでくれ!」

????§.jpg アライグマ男は右に揺れれば、少しだけ右に揺れ、左に揺れれば、少しだけ左に揺れた。船が飛び跳ねると、ピョコンと飛び跳ね。船が川底の石を避けると、それに従った。
 彼は流れに身を任せ、何の力も加えなかった。それでも彼は進み続けた。
私の思惑とは裏腹に。

 私は走り疲れて、堤防の草むらに倒れ込んだ。アライグマ男が悠々と川を下って行くのが見る。
 私は愕然とし、雑草の中で、うな垂れる。

「何を分かっていたんだ?私は何を分かったつもりになっていたんだ?私は幾つかの経験を繰り返し、何を学んだつもりになっていた?」
私はつぶやいていた。

 河熊…。私は河熊を見たのか?私が見たのは河熊だったのか?
私は海へと繋がる河口へと視線を向ける。

 幾つかの曲折を経て、河は海と一つになった。


 『なあ、船頭さん。まだ、河熊は見えますかな?』
 『いいえ、お客さま。もう日暮れの時刻です…』



〓§¬??.jpg
この記事へのコメント
 河熊って初めて聞きました。カッパみたいなのね。カッパは童で、河熊は熊。引っ張り込まれるということは、中州にもいるのかな?
Posted by ITORU at 2006年11月10日 21:37
なるほど。河童って書きますね。今、気がつきました(^_^;)

昨日、半分眠りながら書いたので、意味が分からないですね(読み返すと)
分からないまま、書き進めよう。

>中州

室見川が舞台です。
Posted by sand at 2006年11月11日 03:20
 河熊で調べたら、河童と河熊は違うというようなお話が乗っていました。室見川はよく水難事故があり、よく子どもが亡くなっていました。ふるさとの川です。・・ああ、環状線ね。でも、自分にとっての一番のふるさとの川はSANDさんの所の近くから流れてくる金屑川です。
Posted by ITORU at 2006年11月11日 08:56
sandさんはマイペースで見習わなくっちゃと思いますが。なかなか
>流れに身を任せ、力を消せば、そこに辿り着く」
・・・ここが無理です・・・笑
Posted by evergreen at 2006年11月11日 09:15
ITORUさん

>河熊で調べたら、河童と河熊は違うというようなお話が乗っていました。

のってましたか!昨日、ふと思いついたんですが、昔からあるキャラなのかな?

>室見川はよく水難事故

あ、あそこ多いね。そういや今、近所に動物園から猿が逃げてるみたいですよ。
小学校の前の文房具屋にいたみたい。
今は梅林、近辺に潜んでいるみたいですよ。

>金屑川です。

あの小さな河ですね。汚いでしょ?(^O^)
今は整備されたから、少しは綺麗ですね。

evergreenさん

最近、ポール・モーリアで止まってたから、どうしたのかな?って思ってましたよ。
詩の方は元気そうなんで安心してました。

たまには休んだ方が良いですよ。

>sandさんはマイペース

私はマイペース過ぎて、人からムカつかれています(^O^)

>ここが無理

私も出来ませんよ。このごろ仕事に自信なくして悩んでいます。
Posted by sand at 2006年11月11日 14:42
秋田魚不思議物語 その四


【河熊】
昔、佐竹の殿様が神宮寺あたりの雄物川で狩りをすることになった。川のほとりで鷹を放し、鳥を撃とうと舷へ鉄砲を掛けたところ、突然、水中から黒い毛に被われた恐ろしい手が出てきてその鉄砲をむんずとつかんだ。
殿様は大いに驚き、その手から鉄砲を引き離そうとしたが、結局奪われてしまった。怒った殿様は川をせき止めてその怪物を捕らえようとしたが、なにせ大河でありそれはできない相談であった。仕方なく泳ぎの達者な者を使って探させたが結局見つからなかった。

という話がこのブログに載っていました。
http://tamakura.naturum.ne.jp/d2006-02-08.html
Posted by ITORU at 2006年11月11日 17:14
志穂美さんとこの画像掲示板で河熊に惚れました。そしてこの記事でアライグマ氏に二度惚れ。相変わらず格好良いですなあ。
岸辺でオタオタしてる「私」も、負けないくらい好きなんですけどね。
Posted by ショコポチ at 2006年11月12日 00:35
はい! 私も河熊に惚れました。真っ赤な傘が目印のいい漢〜♪
アライグマ男も、どんどんカッコ良くなって行きますよね。今回は彼にカリスマ的魔力を感じましたよ。
あ、竹輪の鯛焼き印は「ワンポイント」でしたv
Posted by 志穂美 at 2006年11月12日 10:37
ITORUさん

>秋田魚不思議物語 その四

リンク先読ませて頂きました。
なるほど。河童のような生き物だったんですか。昔からの言伝えみたいなものがあったんだな〜。ちょっと感動しました。

ありがとうございます。
Posted by sand at 2006年11月12日 16:24
ショコポチさん

どうも読んでいただいて、ありがとうございます。

>河熊に惚れました

ショーコさんの御絵描きが見たいな〜。はやく投稿してくれ。河熊見てくれて、ありがとう。絵はヘタだけど描くのは面白いね。

>アライグマ氏に二度惚れ。

あの人、ボーとしてるだけですよ。

>オタオタしてる「私」

ダメ男です。いつも頭を抱えてるので近づかない方が良いでしょう。

志穂美さん

>私も河熊に惚れました。

銘酒「河熊の里」辛口、感激しました!素晴らしい!グレ〜〜〜〜ト!!!
いや〜早速、保存して家宝に致します。
ありがとうございました。

>今回は彼にカリスマ的魔力を感じましたよ。

いつも、ありがとうございます。
カリスマとかじゃないですよ。単にバカな男です。

>竹輪の鯛焼き印は「ワンポイント」でしたv

お〜確認しました。んな竹輪初めて見たよ。しかしハイソックスのような竹輪、本当にあったんだな〜。
こちらの画像もありがとう。こんど探してみます。
Posted by sand at 2006年11月12日 16:51
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