2006年11月18日

図書館で会った文字(Daydream Believer)前篇

Lonesome Picker Rides Again.jpg
John Stewart / Lonesome Picker Rides Again

 その頃、私が通っていた図書館は海岸へと続く坂の途中にあった。

 80年代の中頃。私は海岸線に面して建っている小さな図書館に通っていた。そこは、区の市民センターに併設された図書館だった。
 授業が早く終わった日やバイトが休みの日には、決まって、そこを訪れた。住んでいた下宿から小高い丘を越えると湾が一望に見渡せる坂道に出た。自転車に乗って、その坂道を滑降する途中、ガラス張りの清潔な建物が見えた。
 私は、その図書館の有りようが気に入っていた。自転車置き場に駐輪した後、しばらく、そこに立って海を見渡した。風がうねる音が耳に飛び込んできて、磯の香りが鼻を刺激した。

 ロビーを抜けて、図書館に入ると、学生よりも老人や子供連れの主婦の姿が目立った。図書館と呼ぶには、あまりにも小さ過ぎて、近くに住む市民達の憩いの場と言った方が適当かもしれない。
それでも海外文学の蔵書が、かなり揃えられていた。

 その頃の私は、アメリカ文学を読み漁っている時期だった。

マーク・トウェイン、ジョン・アーヴィング、リチャード・ブローティガン、ジョン・アップダイク、トルーマン・カポーティ、レイ・ブラッドベリ、アーウィン・ショー、J・D・サリンジャー、レイモンド・チャンドラー、スコット・フィッツジェラルド、ウィリアム・フォークナー、ジョン・スタインベック、そして、アーネスト・ヘミングウェイなどなど…。

 図書館が開くのは、午前9時からだった。私は、それより少し前に下宿を出て、ゆっくりと自転車を漕いだ。息を切らして坂を登り、丘の上から海が広がる瞬間は、いつでも鮮やかな感銘を与えてくれた。図書館に着くと、道路脇の駐輪場から海を眺めるのが好きだった。その駐輪場からは港の景色がよく見えた。私は金網に寄りかかり、タバコを吸った。
 どんなに美しい海を眺めても、私の頭には過去に体験した忌まわしい思い出が去来した。私は、心底そんなウジウジした自分自身を嫌っていた。憎んでもいた。

 私は開館の時刻に合わせて図書館の中に入った。私の他には数名の老人がいるだけだった。
私は老人と少しも変わらなかった。友人は変わり者と私を揶揄したが、実の所、私は老人になってしまいたかった。その頃、まだ10代の私は、早く歳を取って皺だらけの老人になる事を夢にみていた。
 私は若者でいる事が苦痛でならなかった。同じ10代の友人と一緒にいると息が詰まる思いがした。
当時の10代の若者が夢中になる事に、私は一切興味を持てなかった。私の望みは、静かに朽ち果ててしまう事だった。出来るだけ、速やかに…。

 まだ誰も座っていない、小さな窓際の椅子に腰をおろすのが通例になっていた。書庫から一冊の本を手に取っていた。読みかけ本だ。それから背表紙の内側のページを開く。そこには、その本を読破した者の走り書きが記されていた。何年の何月何日に読破しました。横に名前。そんな形のサインが多かった。
 そこに、こんなサインが記されていた。

 82年5月20日読了 赤坂

 その文字は、青インクで記されていた。恐らく万年筆で書かれていると思われた。伸びやかでありながら繊細さを併せ持った美しい文字だった。直線の気品、曲線の柔らかさ、ハネの力強さ。そして文字全体を包む控え目な奥ゆかしさ。その全てが完璧な調和を感じさせた。

 その文字は、私を訳もなく引きつけた。どうしてその文字なのかは自分にも分からなかった。
ただ、そこに記された文字は、私をどこまでも、どこまでも感傷的にした。理不尽なほどの心の震えが、私を襲った。焦げるような胸の痛みを感じながら、その文字を指でなぞった。
 私はまるで恋人の髪に触れる様に、その文字を撫で回した。

 同じ文字は、いく冊かの書物の裏表紙にも見受けられた。そのどれもが魅力的な本に思えた。私は、青い文字に導かれるように未知の本との出会いを果たした。

 お昼を回ると、私は読んでいた本を借りて、図書館を離れた。
図書館から海へと繋がる坂道を数十メートル進むと、小さな古ぼけた食堂があった。
カウンターと4人がけのテーブルが四つ。脂で黄ばんだ週刊誌。ブランド名入りの薄汚れたグラス。お多福の面の掛け軸。ご当地物の地名入りのミニ提灯。カウンターの上には耳の欠けた招き猫の置き物。
 老夫婦が営む昔ながらの食堂は、お昼時には年老いた馴染みの客が訪れているようだった。

 私は図書館で昼食を取る時は決まって、その食堂を訪れた。小柄で口数の少ない老婦人がメニューを聞きに来た。皺だらけの顔に感じの良い微笑みをいつも浮かべていた。当時の私は外食をする事が、ほとんど無かったが、その食堂だけには気兼ねなく通う事が出来た。

 私は、いつも瓶入りサイダーとカレーを頼んだ。カレーはミンチ肉入りのサラサラのカレーだった。祖母が作ってくれたカレーの味を思い出した。
私はモソモソと無言でカレーを頬張り、サイダーを飲み干した。

 食堂を出ると晴天であれば、近くの海浜公園まで足を伸ばした。
公園の中にある庭園を歩き回り、人気の無い場所に有るベンチの上で本を開いた。

 私は、それからもずっと巻末の青い文字を見つめ続けた。
時々、こらえ切れなくなって、泣き出してしまう事があった。その青い文字が、私に哀れみをもたらしたのか、それとも、私が青い文字に哀れみを感じていたのかは、今となっても分かり難い事だった。



★地味〜な話しを書きたいので、書き直し。地味〜に沈み込ん行くような物になると良いけど、実力が伴わない。
では、また。


posted by sand at 19:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 確かに地味ですな。図書館といえば、高校は男子校だったために3年生の土曜の午後は天神の図書館まで行き、勉強をしていました。すると女の子の咳払いが聞こえて、「ああ、女の子が同じ空間で勉強しているんだ」と妙に気持ちが高まったのを覚えています。
Posted by ITORU at 2006年11月19日 15:26
こんちは。読んでいただいて、ありがとう。

天神の図書館って筑港(ベイサイドの横)にあるやつ?
私も良く行ったな〜。確か営業サボりに行ってた気がします(^O^)

女の子の咳払いは良いね。どんな子でも可愛い(^O^)
Posted by sand at 2006年11月20日 16:09
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