2006年11月19日

図書館で会った文字(Daydream Believer)後篇

Daydream Believer.jpg 
The Monkees / Daydream Believer: The Platinum Collection

『赤坂』と名乗る女性の声を一度だけ聞いた事があった。
その図書館には、少し個性的な女性の司書が勤めていた。意地悪とは、ちょっと違う意味で頑な面を持っていた。職務に忠実過ぎて、周囲の空気が読めないタイプに思われた。
彼女は、提出された図書カードの名前を、毎回、大きな声に出して読み上げた。誰もが露骨に顔をひそめても、彼女にはそれが目に映っていなかった。
 彼女は厳格にマニュアルに従っているだけなのだろう。少しの妥協も許さなかった。

 「赤坂ノブエさん、ですね?」
司書の女性の声は、一際大きく館内に響き渡った気がした。
「はい」か細い女性の声が聞こえてきた。
私は、あの文字の主だと直感した。私は真剣にあの文字を見つめてきたのだ。間違うはずが無い。

 だが私の心は奇妙なほど醒め切っている事に自分自身で驚かされた。
私は、そこに立っている女性を必要とはしていない。私が必要なのは、この本に記された文字だけなのだ。
私は書物から顔を上げなかった。その女が誰なのか?どんな顔をしているのか?それらは、私には無関係な事だった。ずっと遠い世界の出来事のように思われた。


 夢を見た。真昼に見る夢だ。
そこは見渡す限りの草原だ。風が強い。波を打つように草がなびいて行く。風に身体を揺さぶられるように柔らかい昇降を繰り返す。

 青い服を着た女性が目の前に立っている。青い文字を描く『赤坂』と名乗る女性だ。
彼女は白い帽子を目深に被っている。だが、彼女の顔は空洞だ。
私は、そのカラッポの顔を気に留めない。顔など必要ない。声など必要ない。私の声が聞こえる必要など無い。私の身体が目に映る必要など無い。

 私の目には彼女の右手しか見えていない。彼女の声は、紙に描かれた文字に変わる。
強い風は彼女の手元から、紙片を奪い去り、私の手元に放り投げる。

 青い言葉が記されている。私は、その紙片を抱きしめる。
私は人間などではない。それよりずっと劣る獣に過ぎない。人を愛する事など出来る訳が無い。
 私は青い文字だけを愛しよう。それだけで良い。

 その頃の私が陥っていた、青い文字との奇妙な恋愛は、不思議な出来事から終焉へと向かう事になる。

 ある日、その青い文字が急速に色褪せている事に気がついたからだ。私は焦った。
書庫から何冊もの書物を引き抜いて、その文字の記された箇所を次々に開いて行った。
「消えて行く! どの文字も消えて行く!」
何故だ?私があまりにも撫で回し過ぎたからなのか?それとも、そんな種類のインクだったのか?
 その事実は、私を心底痛めつけた。
私とこの世界を繋いでいたのは、その文字だけだったからだ。その文字が無ければ、生きて行く事が出来ない。
 私は打ちひしがれた。私が感じ取っていた、奇妙な奇妙な愛の形は、いとも簡単に崩れ去ろうとしていた。私は、その文字を愛したかった。それを愛する時だけ、様々な不安を振り解く事が出来るような気がしていた。
 愛したい。愛したい。私は狂おしいような恋慕に押し潰されていた
だが文字は、日に日に薄くなって行く。私はジレンマに苛まれ、不安定な精神状態に陥っていた。

 私が苦悩の中から導き出した結論は、その文字を描いた女性と会いたい。会わなければならない。と言う至極真っ当な事実だった。
その女性に会っても、彼女が私を受け入れ、また、私が彼女自身を文字と同じように愛せるかの確証は無かった。ただ、今の状態に終止符を打つ必要性を感じていた。
 それは今から考えると、私の中で起こった、一つの変化だったのかもしれない。

 それからの私は今までに増して図書館に通い詰めた。
来る日も来る日も、その人の名前を司書が呼び上げる瞬間を待ち続けた。まったく予期せぬ事に、その行為は私の心に、ある変化をもたらした。
 『人』を待つ事が楽しかったのだ。
私には待つ人がいる。それが一方的なものであったとしても、純粋な愛情の形に変わりなかった。私は、その人を傷つけるつもりも、奪うつもりもなかった。
 ただ待ちたかった。許されるものならば…。

 やがて、その日がやってきた。
そろそろ本格的な冬を迎える前に、ひょっこり現れた晴天の日だった。
眩しい太陽が、枯葉の舞う並木通りに穏やかな光を降り注いでいた。

「赤坂ノブエさん、ですね?」司書の声が響いた。
「はい」あの時の女性の声だ。

 私はゆっくりと席を立ち、その声のする方向に視線を合わせた。
声の主は私の視線に気が付いたようだ。ニッコリと私に微笑みかけ、小さく御辞儀した。
その女性は、定食屋の老婦人だった。

 私は、ぎこちない御辞儀を返し、慌てて席についた。そして心の動揺が収まるのを待った。
やがて、私の心は、かってなかった程の落ち着きを取り戻した。何かが終わり、何かが始まった。そんな予感を感じていた。
 私の心には、清らかで気持ちの良い風が吹き抜けていた。

 私は生まれ変わったような気持ちで、図書館のロビーを横切って行く老婦人の姿を目で追っていた。
「人とは、こんなにも美しい生き物だったのか…」私は老婦人を眺めながら改めて驚かされた。
彼女はまるで雲の上を歩いているように見えた。まるで白昼夢のようだった。

 今になって思う事は、その時の私は、もう少しで、それに気が付こうとしていたのかもしれない。
もう少しで、それに触れようとしていたのかもしれない。
 人を愛する事が、その人を何よりも強くする事に。



★はい。長くて盛り上がりのない地味なのが終わりました。
自分では、妙に(自己)満足しています。地味な性格なので。最後まで読む人は、何人かしかいないと思うけど…。
読んでいただけましたら、ありがとうございます。
次ぎは昭和40年代に戻るヤツ考えてます。その前に音楽のやろうかな?そうそう演歌ポエムと言う新たな分野も切り開きたい(←バカ)ではまた。


posted by sand at 17:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 とっても地味ですが、「青い文字だけ愛しよう」という気持ちは何となく納得します。女の子のカバンが好きになってしまったり、靴だけが好きになってしまったり・・甘酸っぱいころは想像力が豊かだったのでよくそんなことがありました。
Posted by ITORU at 2006年11月19日 19:04
長くてダラダラしてるのを我慢して読んでいただいてありがとさんです。感謝します。

>女の子のカバンが好きになってしまったり、靴だけが好きになってしまったり

お、そんなのありますか。うひひ。
私、ソックタッチも好きでした。名前が良いよ。ソックタッチ♪
Posted by sand at 2006年11月20日 16:11
これは、良いです。感動しました。
主人公はヴェンダースの映画に出てくる人みたい。うちの母から見ると、何に悩んでるのか、さっぱりわからないみたいだけど。(「この監督下手だね〜」とまで言われた。実家で「アメリカの友人」見せて。失敗でした)
主人公の気持ちが変わっていく描写が鮮やかですね。世界が寒色から暖色に移り変わるような美しさを感じました。
いや〜とても変態の人の作品とは思えない。
あと、ソックタッチはかぶれます。
Posted by ショコポチ at 2006年11月20日 23:15
まいど。恐ろしいほどのネットワーク誇る女。しかし金の匂いがしないよな〜(^O^)

どうもどうも長いのを読んでもらって、ありがとさ〜ん!

でも、この話しは、読み返すとボロボロでした。書いた時は良いかな〜とか思ったんだけど。字が消えてくのが唐突過ぎた。

ジワジワが書いてみたいけど、実力がないね。ま、しつこく書いてみますわ。
仕事、早目に片付くと良いね。ワイもこの冬は調子悪いわ。来年巻き返す事にしましょうよ。んだ、んだ。
Posted by sand at 2006年11月22日 16:21
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