2006年11月23日

裏窓の女(前篇)

Within the Realm of a Dying Sun.jpg
Dead Can Dance / Within the Realm of a Dying Sun

 裏窓の外から女のすすり泣く声が聞こえた。
私は古いトイレで用を足していた。寒い夜の真夜中過ぎの事だった。

 小便器の上、ちょうど私の顔のある位置に、裏庭に接した木の窓があった。窓のスリガラスに浮かんでいるのは暗闇だけだった。女の泣き声は切れ目なく聞こえ続けた。私は何度も躊躇しながらも好奇心に負けた。窓ガラスに顔を近づけ、外の様子をうかがおうと窓を開け放った。
 『裏窓の女』の顔は、窓ガラスすれすれの位置にあった。窓に顔を寄せた私と女との距離は5cmにも満たなかった。蒼白の顔面に爛々と輝く異様に見開かれた眼。赤く充血した瞳には、ほとばしるような妖気を湛えていた。髪は濡れたように湿り気を帯び、固く結ばれた唇は芋虫のように蠢いていた。この世のものではない。死の世界から来た女だ。
Filigree & Shadow.jpg 私は弾かれるように後ろに飛び退いていた。声にならない呻きを上げながら。半開きのトイレの扉を背中で押し開き、廊下に叩き付けられるように転がった。私は腰が抜けて動けなくなっていた。身体に力が入らない。私は鯉のようにパクパクと口を開閉し、ヨダレを垂れ流していた。眼は飛び出すほどに見開かれ、心臓は張り裂けるほど鼓動を打ち続けた。
 『裏窓の女』は、じっとこちらを覗っていた。声を上げる事も身動きする事もなかった。ただ、女の頬には幾筋もの涙の線が引かれていた。目の縁は涙でじっとりと濡れて見えた。私は幾分落ち着くを取り戻していた。女の顔があまりにも哀れだったからだ。冷静に眺めれば、女は力のない唯の孤独な女だった。誰からも愛されることのない。つまらない、取るに足らない女だった。私は女を心底軽蔑して眺めていた。そんな私の冷たい視線に気が付いたのか、女の顔は次第に身を隠すように暗闇の中に消えて行った。

 その裏窓がある家は、祖母の持ち家だった。私は都会の企業に一旦は就職したのだが、過労で体調を壊してしまい、遂には離職し、地方にある祖母の家に静養も兼ねて身を寄せていた。一人暮しの祖母の家は気兼ねがなく、私は社会復帰を日一日と延ばしていた。近くの病院に通院する他は、縁側に寝転んで書物を眺める毎日であった。
『裏窓の女』は、その夜から先も裏庭ですすり泣き続けていた。ただ、私は二度と窓を開ける事はなかった。私は女のすすり泣きを嘲りの気持ちで聞いていた。私はその醜い女を心行くまで罵倒し、傷つけてやりたかった。その弱い女に二度と立ち上げれぬほどの失望を与えたかった。私は暇で悪意に飢えていた。人を傷つける事が私の唯一の楽しみでもあった。
 私はある時、『裏窓の女』に聞こえるように声をかけてみた。
「女。寂しいのか?」窓の外で何かが動く気配がした。
「実はな。俺も寂しいのだ」私は嘘を付いた。私は寂しさなど、これっぽちも感じていなかった。むしろ楽しくて仕方がなかった。
「なあ。寂しいのなら、俺のそばにいても良いぞ。俺はお前が哀れでならない。そして同じように俺も哀れな男なのだ。どうだ? 俺のそばにいてくれるか? 俺を孤独から救ってくれるか? どうだ、女? 俺を愛してくれるか?」私はそう言い終わった後、ニヤリと微笑んだ。

 その日から『裏窓の女』の泣き声は止んでしまった。そして間もなく『裏窓の女』は私の実生活の中に姿を現した。女は意外な場所に潜み、私を見守るように熱い視線を投げかけた。思ってもいない場所に女は姿を現した。そして無言で私を見守り続けた。女の欲しいものが私には分かっていた。くだらない物だ。実に役に立たない物だった。
 ある時、女は地下鉄のガラス窓に姿を現した。異様に大きな眼を見開いて、暗闇を背にした窓ガラスにヒッソリと貼り付いていた。
 ある時、女は医師が手にした聴診器の中に潜んで見えた。女は視線を逸らすように私の裸の胸と一緒になった。
 ある時、女は台所のテーブルの上に散らばった水滴の中に見えた。ユラユラと揺れる視線を投げかけた後、祖母の手にした台拭きに拭き消された。
 ある時、女は浴室の湯船の表面に浮かんで見えた。私はペニスを手でしごき、勃起させてから女の中に身体を沈めた。
 「女よ。俺は寂しくはない。お前が見つめてくれるからだ。女よ。俺を一人にしないでくれ。俺にはお前が必要なのだ。なあ、女。俺はお前を愛してしまいそうだ」私は笑いをかみ殺して、裏窓の向こうに声を投げかけた。そろそろ良いだろう。この醜くて役立たずの女を傷つけてやろう。せいぜい、つまらない涙を見せるが良かろう。


★文中画像This Mortal Coil / Filigree & Shadow

☆出来が悪い。でも折角書きましたので…。後編頑張りま〜す。


posted by sand at 17:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 上の方の文を見ていて、少しずつ下がっていって・・・あのジャケット、怖いです!お話の展開があってもこのジャケットのインパクトが恐ろしいです。
Posted by ITORU at 2006年11月23日 22:21
まいどです!いつも、ありがとうございま〜す!
怖いですね〜志穂美さんから送ってもらったCDです。内容もインパクトありますよ。このCD。良いです。

私の文章はジャケットのインパクトに負けてしまっています。
Posted by sand at 2006年11月24日 17:48
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