2006年12月09日

Drifting / Little Wing(いらない贈り物)

Cry of Love.jpgAxis Bold As Love.jpg
Jimi Hendrix / The Cry of Love - Axis Bold As Love

 ゆっくりと旋回し、小刻みに体重移動を繰り返す。
急上昇した後、上空で静止し、一気に急降下する。右に身体がぶれる。スピードがのると身体の揺れは、さらに激しさを増す。「まずいな」僕は顔をしかめる。

 ガルシアの店が近づいてきた。僕はスピードを緩め、高度を下げる。屋上の離着陸スペースに舞い降りる。
「やあ。儲かってるかい?」僕は扉を押して店に入る。
「ご覧の通りさ。キャッチボールでも始めようか?」ガルシアは眠たそうに店内を見回す。客の姿は一人見えない。
「おう。ジミ。新しい翼か?」ガルシアの問いかけに、僕はうなずく。僕らの翼は3年おきに生え変わる。
「右にぶれるんだ。見てくれるかい?」僕はガルシアに背中を向ける。
ガルシアは僕の背中の翼に、視線を注ぐ。「バランスが悪い。少し整えよう。痛いぞ」僕は静かにうなずく。ガルシアはハサミを取り出し、僕の右の羽根を数カ所切り落とす。「ウッ」僕は痛みに顔をしかめる。幾枚かの羽根がフロアに舞い落ちる。

 僕はカウンターのスツールに腰を下ろしている。ガルシアはポイップ・ビールの缶を投げてよこす。「飲めよ。勘定は忘れた頃で良い」
「悪いね。いつも」僕はガルシアに礼言う。良い男だ。
「ジミ。仕事は、まだか?」僕は力なく、うなずく。もう半年以上、職を探し続けている。でも僕を雇ってくれる職場はどこにも無かった。
 僕はビールを流し込みながら、窓の外を見上げる。空には忙しく飛び回る労働者達の姿が見えた。僕にも新しい翼がある。行きたい場所には、どこへだって飛んで行ける。だが、僕はただ行くだけだ。それでは何一つ変わらない。何一つ生み出せない。

「ジャニスは元気かい?」ガルシアは自分のお腹を摩る。「ああ。元気だよ。お腹の子も順調だ。順調じゃないのは僕だけだ」
ジャニスのお腹には、僕らの子供が入っていた。出産まで、もう日がない。でも僕らには出産費用の当てもなかった。

 ジャニスの妊娠を知った僕らは、周囲の反対を押し切って二人で暮らし始めた。僕にはお金も職もなかったが、愛さえあれば、それを乗り越えられると信じた。だが、どんなに血眼になって職を探しても、僕のような男を雇う職場は見つからなかった。ジャニスが持ち出した貯金もすぐに底をついてしまった。
 夜、ベッドの上でジャニスは、僕の胸に身体を寄せて聞いた。
「ねぇ。ジミ、愛しているわ。でも私達は、どうなるの?どうなってしまうの?」
僕はただ黙って首を振るだけだった。
「こんな時『AXISの実』さえあればね。それさえあれば全て上手く行くのに」
ジャニスはいつも、そんな事を口にした。『AXISの実』とは僕らがまだ幼い頃、湖のほとりに生えていたAXISの木に実った果実だ。僕らが、それを口にすると不思議と幸運が舞い込んだ。僕ら二人は、それを幸運の実と呼んで、何か辛い事や願い事がある度に、その場所を訪れた。だが、ある時期を境に、その木は枯れて朽ち果ててしまった。もう二度とその実を口には出来なくなった。何かが変わってしまったのだ。

「ああ。そうだ。『AXISの実』を憶えているかい? 湖の近くに実っていた果実だよ」ガルシアはカウンターの奥から不意にそんな言葉をかけた。僕はビクリとして椅子から立ち上がった。「『AXISの実』がどうした? どうしたんだ?」
「なんだよ。怖い顔するなよ。何日か前、南から来た旅行客が置いていったんだ。こっちじゃ珍しいだろうとね。それでパイを焼いたんだ。懐かしい味だぜ。ジャニスに食わせてやれよ」ガルシアは冷蔵庫からラップに包まれたパイの皿を取り出した。
 僕はパイを受け取って震えた。パイには『AXISの実』が散りばめられている。もう大丈夫だ。僕らはもう大丈夫なんだ。僕はガルシアの手を握り何度も何度も、お礼を言った。

 僕はパイの皿を抱いて大空に舞い上がった。ジャニスの元に急いだ。大丈夫。二人は大丈夫。どこまでも飛べる。二人でどこまでも飛んで行ける。僕は喜びに震えた。胸を高鳴らせた。僕は翼を広げ、空を滑空する。スピードと高度を上げる。僕は音の速さで彼女の元に飛んで行く。ジャニスの笑顔が見れる。僕は彼女を愛している。何よりも大切に思っている。



 部屋に戻ると、そこにはジャニスの姿はなかった。
それどころか彼女の荷物は、一つ残らず運び出されていた。僕は呆然と立ち尽くす。
テーブルの上に彼女からの書置きがあった。

『ごめんなさい。私、ママに相談して家に戻る事にしたわ。
あなたは良い人よ。優しい人よ。あなたは私に沢山の愛を贈ってくれた。抱え切れないほどの愛を。
でも、私にはもう持てないのよ。それを持てなくなってしまったの。私はあなたの愛より、私とお腹の中の子供を選ぶ事に決めたの。ごめんなさい。全部、私の罪で良いわ。
だから、私を行かせて。どうか行かせて欲しいの』

 ジャニスからの書置きには、そう記されていた。
僕は椅子に腰を下ろし、テーブルの上にパイの皿を放り投げる。もう、これは必要ない。

 僕はテーブルの上に顔を埋める。僕には翼がある。僕は、どこへでも飛んで行ける。僕は、いつでも彼女の元に飛んで行ける。僕は、彼女がどこにいようとも、彼女にありったけの愛を運ぶ事が出来る。
 でも、彼女は、それを必要とはしていない。もう、それを必要とはしていないんだ。

 僕の翼から小さな羽根が、音もなく舞い落ちる。




超短編小説会さんの同タイトル投稿用です。12月のお題は『いらない贈り物』でした。


posted by sand at 16:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
愛ってのは無力ですね。悲しいですね。
ラストの舞い落ちる羽のビジョンがあんまりにも綺麗で、切なくて、泣きそうになりました。
しかしそこで私の「いちごぼっくりモード」が発動したのです。この彼女も働きゃいいじゃん!アタシなんか産後3時間で原稿書いてナースステーションからFAXしてもらったわよ!
…と、こんなこと言ってる女はモテないって話でした。

ところで週刊モーニングで連載してる「ディアスポリス」の主人公のアフロのモデルはじみへんなのではないかと思っていたのですがこのジャケットのイラストで確信しました。関係なかったですね。
Posted by ショコポチ at 2006年12月11日 16:49
まいど。長いの読んで頂いて、ありがとやんす。あまり気を使わなくてよいですよ。マイペースでノホホンやって行きますゆえ。しかしながら感想はありがたや。まいど、おおきに。

これは、あんまり受けなかったな〜。やっぱり短いのが受けが良いよね。ま、受けなくても気に入ってるから良いけど。次ぎは短くて笑えるようなヤツでも投稿しようかね(無理か)トンチの効いたやつね。

>アタシなんか産後3時間で原稿書いてナースステーションからFAXしてもらったわよ!

獣か!

>こんなこと言ってる女はモテないって話でした

のけものか!

>「ディアスポリス」の主人公のアフロのモデルはじみへ

全然知らん。「ミニスカポリス」なら仕事場で観てます。
Posted by sand at 2006年12月11日 18:35
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