2006年12月14日

瓦礫の茶漬け(第3回)

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 やはりキッチンに人の気配がする。私は扉を開けずに声をかける。
「ただいま。起きてるのか?」
返事はない。私は少し迷った後、そのまま浴室に向かう。廊下を歩いているとキッチンから低い笑い声が聞こえたような気がした。私は一瞬だけ立ち止まる。何も聞こえない。落ち着け。動揺しているぞ。私は自分に言い聞かす。

 シャワーを浴びながら、私は気持ちを落ち着けようとする。何も起こらなかった。何も憶えていない。何を怖がっている?いつもの妻だ。眠れない夜もあるだろう。いつもと変わらない妻がテーブルに座って雑誌でも読んでいるはずだ。私がキッチンに入るとアクビでもしながら「眠れない」と愚痴を言うだけだ。翌朝は忘れている。今夜、何が起こったのか。妻も、そして私も。いつもの退屈な暮らしが、また繰り返されるだけだ。

 浴室から出てパジャマに着替えると、随分、気持ちも落ち着いていた。大丈夫だ。いつもの夜だ。変わらない。何も変わっていない。

「起きてるのか?」私は声をかけながらキッチンの扉を開ける。妻はテーブルに座って雑誌に目を落としている。私は、その光景にホッとする。
「お帰り。眠れないのよ」妻は予想通り言葉を告げた後、私に向かってニッコリと微笑んだ。私は、その顔を見て息が止まるほど驚いた。
 唇が、真っ赤だ。
妻はパジャマを着て、明らかにメークを落としていた。髪は薄っすらと濡れている。間違いなく風呂上りの状態だった。
 だが、その唇は真っ赤なルージュをひいたような色をしていた。まるで血の色だ。たった今、誰かの血を、すすっていたような色をしていた。


☆つづく。本日のお茶漬けは『海幸お茶漬け詰合せ』でした。


posted by sand at 16:36| 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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