2006年12月15日

瓦礫の茶漬け(第4回)

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 妻は流し台の上に手を伸ばし、そこに置かれていたガラスの容器を私の前に差し出した。
「苺よ。食べる?」
私は溜息をつきながら首を横に振る。『苺だったか。驚いた』私は心の中で呟く。
 妻はテーブルから腰を上げて言う。「座って。今、お茶入れるわ」
私はテーブルに腰を下ろす。いつもの妻だ。少し落ち着こう。何もなかった。だから、何も変わらない。

 妻は急須にお湯を注ぎながら、ガラスの容器に手を伸ばし、苺を一つ摘み上げる。私は妻の背中越しにそれを眺めている。妻は苺を口に含んだ。
 ぺちゃ、ぺちゃ、ぺちゃ、ぺちゃ…
 ちゅる、ちゅる、ちゅる、ちゅる…
 びちゃ、びちゃ、びちゃ…
 じゅる、じゅる、じゅる…

 妻が苺を噛み砕く音が、やけに鮮明に響いてくる。私は、その音を聞いてると気分が悪くなってきた。何か異様に生々しい。妻は、いつもそんな音を立てて苺を食べていたっけ?苺って、そんなに噛み砕く必要があったっけ?まるで肉の塊を噛んでいるようだ。
 妻は湯のみを私の前に置いた。
「悪いけど、頭痛がするんだ。もう寝るよ」私は席を立ちかけた。妻は、その言葉には一切耳をかさず、私に顔を近づけてニッタリと微笑んだ。口の中が鮮血のように真っ赤だ。「お茶漬け作りましょうね?食べるわよね。あなた?遅く帰ったんだし…」妻はニタニタと微笑み続けた。

 その瞬間、私は気が付いた。おかしい。何かが違う。今夜は、いつもの夜とは違う。何かが変わった。
私はその場から動けなくなった。私は、どこで間違えたのだろうか?その事を考え続けた。妻はニタニタ笑いを浮かべながらお茶漬けの用意をしている。私は妻の顔を覗き見ながら、ようやく、その事に気がついた。それが、いつもと決定的に違っていたのだ。
 
 私がこの部屋に入ってから、妻は一度も瞬き(マバタキ)をしていない。その大きな瞳は、ずっと見開かれたままだったのだ。



☆つづく。本日のお茶漬けは『トンカツ茶漬け』


posted by sand at 17:03| 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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