2007年01月05日

灰から灰に・曲がり角にあった10枚(そのE)

David Bowie best.jpg
David Bowie / The Collection

 David Bowieという人は、私の中でかなり大きな存在であるはずなのに、とても漠然として、どう言葉に置き換えれば良いのか、まるで分からない。
 それは何故?その明確な答えもまた私にはない。
と言うのもDavid Bowieとは、ヌルヌルとした粘着質の液体ように我々の身体にネットリと纏わりつくのだが、その実態は極めて流動的であり容易に形容など不可能な存在だと思うからである。

 それでも強引に集約するとすればDavid Bowieは『儚さ』の人である。
私がBowieへ抱く最初のイメージはPV『Ashes to Ashes』の中でピエロみたいな扮装をしたBowieが、堅いスーツを着込んだ年配の女性(彼の母の設定か?)と海岸を歩きながら、ひどく真剣な会話を交わしているシーンだ。明らかに場違いな衣装を着たBowieは、どう見ても滑稽でイカレているとしか思えない。それでもBowieと老女は深刻な会話を交わし続け、延々と海岸を歩き続ける。その場面が、ひどく儚い。その場面には非常に冷徹に自分自身を眺めるBowieの視点が見受けられて、とても儚い。自分が、どれだけ日常や社会や時代から遊離した場所にいて(それがBowieの宿命でもある)それでも、すがるように理解を求め続ける姿が見て取れて心が震える。

 そのPVにも良く表れているのだが、自虐的な要素がBowieには強くある。それもまたBowieのメッセージが、サウンドスタイルが、存在そのものが、リアリティを持ち得る大きな要因だと考えられる。
 Bowieはハンサムでスタイリッシュではあるが、良い男ではない。鮮明に欠落部分が見て取れるように考え尽くされている。それが彼の好みなのか戦略なのかは窺い知れないのだが、明らかにダメ男の要素が提示されている訳だ。どこからどう見てもエレガントな貴公子であるはずなのに、見ようによっては明らかにゲス男に見えるのがBowieのBowieたる所以なのだ。『美』というものは沈殿するものではなく、破壊すべきものだとBowieは考えているのかもしれない。むしろ破壊こそが『美』だと。

 スクリーンで観る俳優としてのBowieはお世辞にも上手いとは言えない演技をする。枠にはめられたBowieは、どうも精細を欠く。輝きが失われる。Bowieと言う人は、器用そうに見えて、実のところ不器用なのかもしれない。その時その時の自分の気持ちや、あり方に忠実に、誠実に、真っ直ぐに行動する人なのかもしれない。何も考えず未知の世界へ飛び込んで行く人なのかもしれない。
 だからBowieは、さらけ出す。何も隠さない。陳腐な部分も、格好の悪い部分も、批判を受ける部分も、都合の悪い部分も、全てさらけ出す。それが、その時の自分だからだ。
 その姿勢がBowieの魅力であるような気がする。『清さ』と言うものを強烈に感じる。だから、どんなに浮き沈みし、振り回されても、どの時代のBowieも憎めない。

 私がDavid Bowieを慕い続ける理由は『儚さ』と『清さ』の中にあるような気がする。だが、それもDavid Bowieの一部分だ。
 David Bowieの本質は、もっと混沌とし、もっと猥雑なのだから。

David Bowie / The Collection
(Bowieが自ら選曲したベスト盤との事。これを聴くと…やっぱり分からん)
1. Unwashed and Somewhat Slightly Dazed
2. Width of a Circle
3. Andy Warhol
4. Soul Love
5. Cracked Actor
6. Sweet Thing
7. Somebody Up There Likes Me
8. Word on a Wing
9. Always Crashing in the Same Car
10. Beauty and the Beast
11. Repetition
12. Teenage Wildlife


posted by sand at 20:45| Comment(6) | TrackBack(0) | コラム・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ボウイって根本的に自分がない人だと思います。だから、変わり続けないといけないと思っているんじゃないかな?お兄ちゃんのこともあるし、双葉山じゃないけど片目の視力もずいぶん悪いし、コンプレックスだらけだから儚い美しさが出ると思っています。
Posted by ITORU at 2007年01月06日 09:05
確かにボウイってそういう人ですよね。スゴく納得しました。
ただ、私はボウイを器用そうだと思ったコトはなかったなぁ。
この人やピーター・ゲイブリエルみたいな天才って、大体不器用だと思います。
フツーだったらどう考えてもやってるコトおかしいのに、ソレが魅力になるという卑怯なキャラ。
Posted by PTR at 2007年01月06日 17:58
『儚さ』と『清さ』ですか。なるほど〜!
私のボウイ音楽に対する印象は「道なき道を行く音楽」って感じでした。安定感が低めだから、ハマるリスナーには代わりがきかない魅力がありますね。ひとことで言うと『おさまりが悪い』音楽?? これは『儚さ』に通じる気がします。この微妙なバランス感覚がすごく魅力的です。

ボウイ自身のいいところは、もういいかげん色んなモノ持ってるだろうに「何も持ってない」みたいに見えるところだと思います。だから若々しいのかな。音楽遍歴も時間感覚が「その場限り」って感じで、そこが『清さ』に通じる気が。
明後日、ボウイの還暦誕生祝いのクラブイベント行こうかと思ってるんですが、そこでじっくりボウイについて考え直して来たいです。

ベスト盤、RCAまでのアルバムから各一曲セレクトなのですね。全体的に、ベスト盤としてはありえないほど地味ですねv 通しで聴いてみたいです。
Posted by 志穂美 at 2007年01月06日 22:58
一言・・・ナイスです!素晴らしい文章です。

>Bowieと言う人は、器用そうに見えて、実のところ不器用なのかもしれない。

ここが同意です!!!
Posted by evergreen at 2007年01月07日 16:34
ITORUさん

こんちわ。読んで頂いて、ありがとうございます。

>変わり続けないといけないと思っているんじゃないかな?

ストーンズもクラプトンもニール・ヤングも変わっては行くけど軸足になる要素があるからボウィほど根無し草には見えませんね。志穂美さんが書いてるけど、一作ごとにゼロから始めるみたいなイメージありますよね。そこが魅力的なんでしょうね。

PTRさん

読んでいただきまして、ありがとう。これは本当に深く考えた物ではなくて、一部分だと思います。じゃないとデラム時代の作品は何なのか?とかサッパリ分かりません。不思議な場所からスタートしましたからね。あ、マーク・ボランもそうか。

>私はボウイを器用そうだと思ったコトはなかったなぁ。

あ、そうですか。私は器用なんだろうな〜って、ずっと思ってたんですよ。何やっても、上手く自分の物に出来るし。でも俳優とか下手だもんな〜。それで不器用なのかな?と思い始めました。
ガブは見るからに不器用そうですね。

>フツーだったらどう考えてもやってるコトおかしいのに、ソレが魅力になるという卑怯なキャラ。

なるほど。おっしゃるとおりですね。
Posted by sand at 2007年01月07日 18:18
志穂美さん

>「道なき道を行く音楽」

なるほど。なるほど。「魅せられし変容」と言われるより「道なき道を行く音楽」って言われた方が納得出来ます。「道なき道」か、正月っぽいね?

>『おさまりが悪い』音楽??

これは、まったく同感!ビンゴです!私は「居心地の悪さ」って感じてました。何やっても、はみ出しちゃう。もしくは、持て余してしまう。とか。

>もういいかげん色んなモノ持ってるだろうに「何も持ってない」みたいに見えるところだと思います。

同感同感!嬉しいね〜。
貧乏臭いんですよね。金はガッポリ持ってるだろうけど。精神的に貧乏臭い。満ち足りた部分が全く見えないとかね。

>「その場限り」

これも同感です。還暦誕生祝いですか。もう還暦なのか〜。見えないね。精神的には28歳くらい?またリポート書いてくださいませ。

>ベスト盤としてはありえないほど地味ですね

地味ですね〜。チグハグな並びだと感じるけど、一曲一曲は、好きな曲ばっかりです。

evergreenさん

どうも読んで頂いて、ありがとうございます。
音楽批評の文章は、なかなか上手く書けなくて、文体を色々変えている最中です。最近、この文体をよく使うので、音楽批評を試みてみました。
で、わりと書きやすかった。また実験してみます。

>Bowieと言う人は、器用そうに見えて、実のところ不器用なのかもしれない。
ここが同意です!!!

やっぱり、そうですか。思い入れの強い方に言って頂けて心強いです。ありがとう。
Posted by sand at 2007年01月07日 18:33
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