2007年01月08日

Ooo おばあちゃん(Ooo Baby Baby)

Smokey Robinson & The Miracles.jpg
The Tracks Of My Tears / Smokey Robinson & The Miracles

 この世で信じられるのは、おばあちゃんだけだった。

 記憶に浮かび上がる、おばあちゃんは良く陽の当たる縁側で縫い物をしている。針を頭皮に当ててコリコリと引っ掻く。「こうすると油を注したように針の通りが良くなるんだよ」おばあちゃんは、うつむいたまま僕に言ったっけ。僕は用事もないのに、おばあちゃんのそばで、ぼんやりと佇んでいる事が好きだった。おばあちゃんは何も話しかけず、黙々と針仕事を続けた。それが僕には、とても心地よく、何処よりも暖かい場所に思えた。

 秋になると、おばあちゃんは僕の為に茹でた栗を包丁で剥いてくれた。おばあちゃんは、とても器用に栗をプルンと剥いた。僕は剥きあがった栗をポーンと口に放り込んだ。
 夕方だ。日が翳ろうとしている。僕とおばあちゃんは飯台に並んで座っている。旧式のテレビに映し出されているのは吉本新喜劇かな?木村進や岡八郎の顔が見える。僕はそれを観ながらハハハハと笑う。そしてまた栗が剥きあがる。僕は、すかさずポーンと口に放り込む。おばあちゃんはニコニコと僕の顔を見て笑っている。「さあ〜どんどん剥くからね。食べておくれよ。腹いっぱい」おばあちゃんは、シュゥシュゥと手早く栗を剥き続ける。飯台の上に剥きあがった栗がコロコロと並んでいく。

 次は、冬だ。おばあちゃんと僕は餅を食べている。おばあちゃんは古いストーブの上に白い餅を並べる。それから海苔と砂糖醤油を用意する。餅は早くもプ〜と膨らむ。僕が急いで手を伸ばすと、おばあちゃんはその手を払いのける。「まだダメだよ。九九を最後まで言ってみな」
 僕は立ち上がって、九九をひねり出す。
「…ににがし。にさんがろく。にしがはち…」外には小雪が舞い始めた。僕の視界には小雪と餅と数字が舞い踊っている。「…ごにじゅう。ごさんじゅうご。ごしにじゅう。ごごにじゅうご…」
 窓の外に白い煙が昇ってゆく。パチパチと木がはじける音がする。「今日は『どんど焼き』だよ」と、おばあちゃんが言ってた。『どんど焼き』って何だろう? はちにじゅうろくの次はなんだっけ? いつになったら餅は僕のお腹の中に入るんだろう? 僕はいつまで、おばあちゃんと一緒にいれるのかな? 白い雪が炎の中に飛び込んで、バチバチと弾け飛んだ。

 春になって梅雨が始まる前に、おばあちゃんは死んでしまう。僕は覚悟を決めて丸一日泣き続けた。僕が、おばあちゃんに返せるのは涙だけだった。ありがとう、おばあちゃん。涙だけど受け取って。涙だけど僕の想いの全部だから。
 Ooo おばあちゃん、Ooo おばあちゃん。泣き止んだら僕は行くから。泣き止んだら僕は夏に向かって行くから。

 Ooo おばあちゃん、Ooo おばあちゃん……
posted by sand at 18:45| Comment(3) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回は切ないですね。自分はおばあちゃんと同居じゃなかったし、縁側もないし、この頃はストーブすらなくなった。ストーブの上でものを焼くなんて子どもたちは知らないかも。しかも、この頃のおばあちゃんは若くなって、おばあちゃんらしくなくなった。そう思うと子どもの行き場所が一つなくなってこれまた切ない。なぜかドラえもんを思い出してしまった。
Posted by ITORU at 2007年01月09日 21:43
挨拶が遅れましたが、本年もよろしくお願いします。

涙もろくなったんで、こういう話には弱いです。
栗も餅も、すごくリアルです。
火鉢で焼いたお餅は、オープントースターなどで焼いたお餅より美味しい。子どもは完全においしく焼けるのが待てないから、あれこれ待たせる工夫がいる。すべて記憶の中にあることばかり。

私の同居していた祖母は明治生まれで、やはり縁側でよく繕い物をしていました。祖母が「大東亜戦争」と言うと(絶対に他の呼び方はしなかったです)、私にはそれが「大トラ戦争」と聞こえたので、昔、そんな戦争があったんだなあと思いました。当時、ハナたれのおかっぱ娘でありました(笑)
ううむ、近頃歳がバレるのが快感になってきましたわ〜困った。
Posted by ring-rie at 2007年01月10日 14:04
ITORUさん

まいどです。いつも感想ありがとうございます。
昔ながらの光景がなくなるのは寂しいですよね。
このブログを始めた動機の一つが昔眺めた光景を書き残したいと思った事があります。また、こんなのも書いてみたいです。どうも、ありがとう。

ring-rieさん

こちらこそ、今年も宜しくお願いします。後ほど、そちらにもお伺いします。

>私の同居していた祖母は明治生まれで、やはり縁側でよく繕い物をしていました。

ああ。そうでしたか。ウチは大正でした。

>祖母が「大東亜戦争」と言うと(絶対に他の呼び方はしなかったです)

ウチの婆さんも、そうだったかな。

>「大トラ戦争」

説得力があるな〜。早とちりは、その頃からでしたか。

>当時、ハナたれのおかっぱ娘でありました

ありゃ可愛い。タイムマシンで蓄膿女をナンパしに行こう。

>近頃歳がバレるのが快感になってきましたわ〜困った。

聞かされてる方は、だんだんゲッソリしてきました。ってウソです。どんどんバラして下さい。男関係も。
Posted by sand at 2007年01月10日 18:47
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