2007年02月11日

Don't Answer Me

Ammonia Avenue.jpg
The Alan Parsons Project / Ammonia Avenue

 僕を乗せた自転車はバランスを失って左右に揺れた後、力なく転倒した。

 アスファルトの上に投げ出された僕は、膝を打ち切っていた。ジーンズが破れて血がにじんでいる。ついてない。まったく、ついてない。僕は道路に唾を吐き捨てて自転車を抱え上げた。
 2月の始めにアキコは出て行ってしまった。
どれくらい一緒に暮らしただろう? なのに終わりは、いつだって心の準備を許さない。その日(彼女が出て行った日)部屋に戻ると、アキコはスーパーのチラシ広告の裏側にビッシリと何事か書き溜めていた。「今から私が貴方を許せない理由を50項目指摘するわ。そして私はココを出て行く。もちろん止めても無駄よ。この50項目が私に確信を与えてくれたの。いくわよ! ボヤ〜としてないで座りなさいよ!」アキコはサインペンで項目を読み上げる毎にチェックマークを入れた。僕は座って、それを聞いた。

 アキコが出て行った部屋には、僕の欠点を50項目書き出したスーパーのチラシ広告が残された。僕はその紙を画鋲で壁に貼り付けた。そしてアキコの面影が僕の胸に襲来し、苦悶をもたらした時、その紙を見上げた。僕はその50項目を眺めると納得してしまった。彼女が僕を捨てたのは間違いじゃない。むしろ捨てて当然といった内容だった。そして僕はヘナヘナと床に倒れ込んだ。

 膝に怪我をした僕は自転車を手で押してアパートに向かっていた。しばらくすると後方から物凄い爆音が鳴り響いた。真っ赤なフィアットが僕の横を通り過ぎ、10mほど先で停まった。僕はヨロヨロとよろめきながらフィアットの横を通り抜けようとしていた。僕とフィアットが並んだ時、運転席の窓が開いて黒いサングラスをしたアライグマが顔を出した。

 アライグマ男は派手な柄のシャツを着て襟をピンと立てていた。首にはジャラジャラと3Kgくらいありそうなゴールドのネックレス。髪(頭部の体毛)と長い耳をベットリとポマードで塗り固めていた。僕に視線を向けるとニッタリといやらしく微笑んでこう言った。
「転がしてる場合じゃないぜ」

 僕はフィアットの助手席に乗せられていた。アライグマ男は、きついオーディコロンの匂いをプンプン漂わせながら、気障に片手でハンドルを切った。口にはマルボロの煙草がくわえられている。彼はまるでTVドラマ『華麗なる刑事』の草刈正雄のように口にくわえ煙草をしたまま何事か話を始めた。だいたい普段から滑舌が悪い訳だから、まるで何を言ってるか分からない。どうせ、くだらない事だろう。僕は無視して窓の外を眺めていた。

 フィアットは商店街の近所にある駐車場で停まった。「ついてきな。ショーが始まる頃だ」アライグマ男は胸焼けがするような脂ぎった笑顔を残して車から降りた。僕も彼の後を追う。平日のお昼過ぎの商店街は、人通りも疎らで、歩いてる人の気持ちも疎らにした。 商店街の真ん中あたりに寂れた映画館が見えてきた。アライグマ男は、その映画館の入り口へと向きを変えた。「なんだ。ショーってのは映画か」僕は期待が外れてガッカリした。しかも、一昔前に封切られたパッとしない映画だった。アライグマ男は内ポケットからズッシリと重そうな皮の札入れを取り出すと、中から切れるような1万円の新札を抜き取り、僕に差し出した。どうやらチケットを買えと言う事らしい。僕は気乗りはしなかったが、無料なら悪い気はしないのでチケット売り場の小窓に万札を差し入れ「大人2枚」と告げた。チケット売り場は黒い壁に覆われて、外からは中の様子を見る事が出来なくなっている。多分、中からは外が見える特殊な仕様になっているはずだ。

 チケット売り場の小窓の中に消えた1万円札の代わりに、2枚のチケットとお釣りが出てきた。それに続いて映画のチラシが2枚差し出された。そのチラシを見て僕はハッとした。1枚目のチラシは表向きだが、2枚目のチラシは裏返しにされて白い余白に何事かビッシリと書き込まれていた。
 アキコの字だ。この壁の向こうにはアキコが座っている。

 僕は振り返って、後ろに立っているアライグマ男に視線を向けた。彼は大げさに肩をすくめて満足そうに笑っている。あの男が仕組んだのか。どおりで間が抜けた仕切りだ。

 僕は呼吸を整えてから壁の向こうのアキコに向かって話しかけた。
「すいません。このチラシ、落書きしてるんだけど」
「あら。ごめんなさい」壁の向こうからアキコの声が聞こえた。「あんまり暇だから、チラシの裏に私の欠点を50項目書き出してたところなの」
 僕はニッコリ微笑んで、彼女の欠点に目を通す。

 それから僕はもう一度、壁の向こうのアキコに向かって話しかける。
「あの〜、すいません。もし貴方がお暇だったら、貴方にまだ時間が残されているのだったら、僕にペンを貸してくれませんか? 僕はこの欠点を書いた人が持ってる、凄く素敵な箇所を55項目書き出すことが出来そうです」
 僕は今、もの凄く恥ずかしい事を言っている。アライグマ男は身体を折りたたんで笑い転げている。でも僕は必死なのだ。

「僕に答えなくて良いですよ。沈黙のままで良いですよ。僕に勝たせなくて良いですよ。ペンを下さい。僕はペンを待ってます」僕は壁の向こう側に心をこめた。

 やがてチケット売り場の小窓から女性の指が伸びて来た。その指にはペンは握られていない。でもその指には、すぐに僕の指先が握られた。

Alan Parsons Project - Don't Answer Me


☆久しぶりに甘酸っぱい物ですが、構成が強引でした。
この記事へのコメント
ポールサイモンだと思ったら、いいところ50ですか。サンドさんらしい展開かと思ったら感傷路線ですね。好きですね。手を握ってみたいものです。でも、なんでアキコは家を出たんだろう?一度総括がしたかったのか?うちは毎日総括をしていますが・・。
Posted by ITORU at 2007年02月11日 19:43
アライグマ男…実は「チョイ悪系」だったんですかい??(驚) 何か羽振りも良さそうだし、計らいが粋すぎるし、ここまでコテコテだとうっかり惚れてしまいそうです。(笑)

そういえば今日見た「教えてぐー」の離婚相談のお答えにも「離婚を迷ったら、相手の悪いところを書き抜いて客観的に判断するといい」とか書かれてました。
でも私は欠点多いほど情が移っちゃうタチだから、すんなり50も抜き書けたらかえって別れられなくなりそうです(笑)。そうかー、だからアキコも指先握ってくれたのねv
Posted by 志穂美 at 2007年02月11日 23:30
素敵な話ですね。甘酸っぱいものはキライじゃない方なので。
「Don't Answer Me」懐かしいですねぇ。この曲のPVは初めて見たのですが、実に洒落ていて、胸にグッときてしまいました。
Posted by nyarome007 at 2007年02月11日 23:43
うお〜ん。しあわせがほしいよう。
と、吼えてみました。泣けるPVですね。曲はよく知ってたんだけど、PVは初めて見ました。こういう確信犯のメルヘンに私は弱いです。大瀧詠一にも弱い。
でも本編は、もっと良かったです。アライグマ男の花柄シャツと3kgのキヘイネックレスが目に焼きついて離れません。いつもながら、絶妙の存在感ですね。もうsand劇場キャラとして不動の地位を築きましたね。今度人気投票してみたらどうだろう。彼は一位、ロミ郎が二位と見ました。

>でも私は欠点多いほど情が移っちゃうタチだから

あははは〜〜!ここにも不幸なニオイのする女が!嘘です。志穂美さんはとっても男性を見る目があると思います。ダンナ様もとっても女を見る目がある。私が嫁にしたいぐらいです。
私は実際、よく書き出してますけどね。死神手帳に。そして古代中国の有名軍師の言葉を思い出すのです。「ひとつ悪いところがあるからといってその人間を切り捨てるのは、一部腐ったからと言って銘木を捨てるようなものです。悪いところを切り出して良い所だけ使えばよいのです」。
悪いところも愛せる人間になりたいです。志穂美さんやアキコちゃんや僕みたいに。
Posted by ショコポチ at 2007年02月12日 15:43
ITORUさん

まいど。いつも、ありがとさんです。

>ポールサイモン

あれは良い曲ですね。ポール・サイモン最近ファンなんですよ。

>手を握ってみたいものです。

奥さん握ってください。

>一度総括がしたかったのか?うちは毎日総括をしていますが・・。

あはは。『毎日が総括』ですか。『毎日がバレンタイン』より中年っぽくて素敵ですよ。

志穂美さん

>アライグマ男…実は「チョイ悪系」だったんですかい??

チョイどころか執行猶予中です。

>何か羽振りも良さそう

トレイダーで稼いでるようです。円のカラ売りとかもやってます。

>ここまでコテコテだとうっかり惚れてしまいそうです。

ショコポチさんの旦那さんが嫉妬しますよ。

>「教えてぐー」の離婚相談のお答え

何見てるんですか!

>でも私は欠点多いほど情が移っちゃうタチ

相手は犬ですか?

>すんなり50も抜き書けたらかえって別れられなくなりそうです

なにか反省会っぽい雰囲気ですね。NW系40女が集まると敗因分析的な雰囲気が漂うのは何故でしょう?旦那族と致しまして恐怖なのであります。
Posted by sand at 2007年02月12日 17:05
nyarome007さん

いや〜nyarome007さんみたいな文才のある方に読まれるのは、お恥ずかしい。もう好きで趣味で書いてるだけなので…。
nyarome007さんの知的な文章にはいつも痺れてますよ。はてなの支店も読み応えがありますね。

>「Don't Answer Me」懐かしいですねぇ。

これは良い曲ですね〜。絶妙のスペクター・リバイバルですね。

>この曲のPVは初めて見たのですが、実に洒落ていて、胸にグッときてしまいました。

私も今回初めて見たんですよ。当時、日本でもヒットしたと思うけどな〜。

ショコポチさん

>うお〜ん。しあわせがほしいよう。

あなた最近よく吼えますね〜。

>。こういう確信犯のメルヘンに私は弱いです。大瀧詠一にも弱い。

あ、そうだ。ナイアガラか。フィレスだしね。う〜む奥深い。

>でも本編は、もっと良かったです。

いやいや。そんなに良くないですよ。読んで頂いて、ありがたいですが。

>今度人気投票してみたらどうだろう。

誰も投票してくれませんよ。私はショコポチさんの旦那さんに一票入れましょう。ナイスキャラ♪(キャラにしちゃダメだって)

>あははは〜〜!ここにも不幸なニオイのする女が!

こらこら受け過ぎ!反省会っぽい女たちだな〜。

>志穂美さんはとっても男性を見る目があると思います。

本当に思っててるのかね。怪しいな。

>私が嫁にしたいぐらいです。

その前に私が立候補します。

>私は実際、よく書き出してますけどね。死神手帳に。

何冊目や、その手帳。

>「ひとつ悪いところがあるからといってその人間を切り捨てるのは、一部腐ったからと言って銘木を捨てるようなものです。悪いところを切り出して良い所だけ使えばよいのです」。

ほ〜。なるほど。さすが中国史の専門家。また、こっちの方面の文章も書いてくださいよ。旦那様との対談起とかも読みたいな〜。こんど企画してください。
Posted by sand at 2007年02月12日 17:29
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