2007年06月12日

ボルシチ通りに陽が昇る

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「ボルシチ。知ってる? ボルシチになるのが私の夢なの」
あの娘はオイラに言った。オイラは迅速に対応してその夢を笑った。オイラに出来るのは、そいつを笑う事くらいだったからだ。オイラもあの娘も所詮、名もないイモなんだから。

 オイラ達に声をかけるのは定食屋の磐田くらいなもんだった。磐田はニキビ面をしてニタニタ笑いながらオイラに声をかけた。ああ、見るからに低脳だ。ろくな教育は受けてない。でも、だから、オイラは磐田を疑いはしなかった。こいつも周りの奴等にクソみたいに扱われてきたんだ。
「お〜い。味噌汁はどうだ? お前となら良い物が作れそうだ」磐田はニヤニヤしながらオイラに声をかける。

「ふん」オイラは軽くシカトしてやるさ。それがオイラ達の挨拶だ。
「良い物? どんな物にもオイラはならないね。オイラはここで腐っちまうのさ。ここでズブズブに腐って捨てられるのさ。それで良い」オイラは磐田に答える。磐田はニタニタ笑いながら鮮魚売り場に向きを変える。

「ねぇ。私達がいる場所を良く見てよ。前にタマネギ。その前にニンジン。その前にセロリ。ね、知ってる? これって全部ボルシチに使われる物なんだよ。私ね、ここは『ボルシチ通り』なんだと思うんだ。私は『ボルシチ通り』で夢を見続けるの。どう? 素敵でしょ?」あの娘はオイラにそう言って微笑んだ。
 ああ、だけど、そいつは違う。オレ達は貧しい場所に生まれつき、貧しい農夫に育てられた。何も出来やしないよ。何にもなれないんだ。裕福な料理に使われるのは、裕福な土地の裕福な家庭に育ったイモだけなんだ。オレ達はしがない家庭の食卓に上るか、場末の定食屋がせいぜいさ。オレ達はな。夢なんか見れはしないんだよ。

 オイラは、あの娘が好きだった。あの娘以外は全部クソだった。タマネギも大根も牛蒡もセロリも豚肉も挽肉も全部いなくなって良いよ。全部、消えてくれよ。オイラはあの娘のことだけを想っていたかった。あの娘が始まりで、あの娘が終わりだった。それでオイラの望みは終わっちまった。

 今夜も『ボルシチ通り』で、あの娘は夢を見続け、オイラはその夢を呪い続けた。

 ムッシュが店にやって来るのは、午後2時をちょっと回った頃だった。あの娘はその頃になるとソワソワしはじめた。


☆続きは明日でも。



posted by sand at 17:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 おお、この頃は給食のメニューにもあるボルシチ。ちゃんとピロシキも出ます。クリバーミ食べたい。ツンドラっていつ行ったっけな・・・。
Posted by ITORU at 2007年06月14日 00:21
あ、給食にもありましたか。それは知らなかったな〜。給食の春雨汁が嫌いだった。
Posted by sand at 2007年06月16日 16:45
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