2007年06月19日

雨音のシンシア

harada.jpg
原田知世 / Flowers

 雨が続く日。オレは一人部屋に篭っていた。
オレは恋をしていた。メチャクチャ、ヘビーな恋だ。恋のマッチョマンはオレの首根っこに獰猛なスリーパーホールドを決め続けた。タフなオレだったが、すでにもうメロメロだ。歩く事さえ、話す事さえ、考える事さえ出来なかった。オレは部活をサボり、窓際にズルズル・デレデレと横たわり、アキコをずっと思っていた。彼女に会いたい。でも会えると苦しい。会えないともっと苦しい。『好きだ』その言葉を早くも5000万回つぶやいていた。ああ、今夜はいったい何万回つぶやけば良いのだろう? オレは絶望的な疲労感を味わっていた。

 オレは息も絶え絶えに、雨を眺め続けた。雨は狂ったように降り続き、オレの心に晴れ間を与えなかった。そしてオレの心を切なさで水浸しにした。

「おーーーい! 降りといで! 友達が来てるよーーー!」母さんが階下から叫んでいる。どうせ友人のバカ男たちだろう。放っておこう。オレは死の淵にいるのだ。

「早く降りといで! クマの人だよ! クマの人が来てるよ!」
なんだと! クマだと! オレは飛び起きて階段を転げ降りた。

 学生服に身を包んだ。アライグマが立っていた。
学生帽を目深にかぶり、皺一つない学生服を几帳面に着こなしていた。多分、学ランの下からは目の覚めるように真っ白なカッターシャツが現れるはずだ。
 オレは一瞬、彼が誰だか分からなかった。玄関先で彼と長い間見つめ合っているうちに次第に思い出してきた。彼は同じクラスの生徒だった。たしか…ん〜? 何て名前だっけ? 彼とは今年初めて一緒のクラスになったばかりだった。だが彼を良く知る友人達は皆一様に、彼は良いヤツだと褒め称えた。彼は控え目な性格だったが、不思議と人望がある事は聞き知っていた。

「あ、始めまして。たしか初めて話しますよね」オレは人見知りで初対面は苦手だった。
「ども」アライグマの彼も恥ずかしそうに小さく頭を下げた。

 彼とオレは、それからしばらくモジモジと黙って、向き合っていた。オレは彼が、どうしてオレの家なんかに来たのか知りたかったが聞けなかった。ああ、彼から話し始めてくれたら良いのに…。オレは悶々としながら足を棒のようにして玄関先に立っていた。

「はいはい! 上がって上がって!」母さんがお盆に瓶入りのプラッシーを2本のせて現れて、オレとアライグマの彼を2階の部屋に追いやった。オレ達は意味も分からず、すごすごとオレの部屋に入って行った。

 それからもアライグマの彼は畳に正座して貝のように口を閉ざしたままだった。彼の額から洪水のように汗が滴り落ちて行くのが分かった。オレも窓際に座り込んだまま、身動き取れないでいた。緊張のあまり酸欠になって行くのが分かった。オレはゼイゼイと荒い息を付きながら、人見知り同士が陥る"生き地獄"の恐ろしさを身を持って体験していた。
ああ、今すぐにでも、ここから逃げ出したい。ここから駆け出したい。雨の中に飛び出したい。その場の緊張感は、オレをそんな妄想へと駆り立てた。

 突然、ウウウウウ〜〜! と地鳴りのようなうめき声が聞こえた。アライグマの彼だ。彼が動き始めた。オレは飛び上がって驚いた。何が始まるんだ? 何だ? 何だ? オレは恐怖で頭がおかしくなりかけていた。アライグマの彼は、ドドド! と轟音を発して立ち上がると、もんどり打って倒れ込んだ。ズドーーン! と爆音が木霊した。痺れてる。痺れてる。アライグマの彼の足が正座で痺れている。アライグマの彼の足はピクピクと痙攣していた。それからアライグマの彼は何度も何度も起き上がり、何度も何度も倒れ込んだ。5分近く彼は立ったり倒れたりを繰り返した。彼はいつしか泣き始めた。不甲斐ない自分を哀れんだのか、正座で痺れた足が痛かったのか。
 オレは何度も何度も、倒れは立ち上がるアライグマの彼を見ていると無性に熱い気持ちになっていた。頑張れ! 頑張れ! 立て! 立つんだ! オレは立ち上がって拳を振り上げていた。

 長い長い格闘の末、ついにアライグマの彼は立ち上がった。
立った! 立った! アライグマが立った! オレは部屋中を駆け回って喜びを表した。

 アライグマの彼は、真っ赤に顔を紅潮させオレに向かって大声で怒鳴った。
「行け! 雨の中を駆け抜けろ! 3丁目の酒屋の軒先でアキコが雨宿りしてるぞ! 僕は知ってるぞ! 僕は知ってるぞ! 僕は君を知ってるぞ!」

 オレは体内の血液が猛烈に沸騰するのを感じていた。血がたぎっていた。オレは脱兎のごとく駆け出そうとして、慌てて思いとどまった。
「ありがとう。その前に君の出席番号を教えてくれ」オレは気が動転して、彼の名前を聞くはずが出席番号を聞いてしまった。
「も、も、もちろん1番だ」アライグマの彼の返事を聞くと俺は駆け出した。雨の中を傘もささずに駆け出していた。

 1丁目の交差点を走り抜け、2丁目のスーパーマーケットを駆け抜けた。3丁目の交番の角を曲がると酒屋の看板が見えた。アキコはオレの姿を見つけると「北山田く〜〜ん!」と声を張り上げた。俺はその勢いのままアキコの隣に滑り込みゼイゼイと息を切らした。アキコは持っていたタオルをオレの頭に被せた。オレはビックリした。まるでオレを待っていたようだ。

 オレは、そのままアキコと並んで酒屋の軒先に立ち、黙って雨を眺めた。オレは、どうしてだか、ずいぶん落ち着いた気持ちになっていた。オレは自然にアキコの隣に立ち、彼女の存在をごく自然に肌に感じていた。ずっと前からオレ達はここに立っていたような気がした。ずっと前からオレ達は、ある約束を交わしていたような気がしていた。
 オレはその言葉が自然と身体から零れ落ちる瞬間を待っていた。

 アキコがオレの脇腹を突いて、通りの向かい側を指差した。アライグマの彼だ。彼はポテポテと向かい側の歩道を歩いていた。アキコはアライグマの彼に大声で叫んだ。
「オサムく〜〜〜ん! ありがとう! 本当にありがと〜〜う!」

 オサム? アライグマの彼はオサムって言うのか? 待てよ。出席番号1番は青木恵一だ。間違いない。ヤツはオレの親友だ。やっぱり違う。オレ達のクラスにはアライグマなんていなかった。そんなヤツがいるはずがない。ヤツは何処から来たんだ。アライグマの彼は、いったい何処からやって来たんだ。
 だが、何処から来ようとヤツはオレの友達だ。オレとアキコの生涯の友人なんだ。

 オレとアキコは、アライグマの彼の姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。彼の姿が消えてしまった時、オレの身体からその言葉が転げ落ちた。
「好きだよ。オレはずっとアキコが好きだったよ」

 その言葉はオレの身体から心から、雨だれのように零れ落ちた。オレの言葉はアキコの心に降り注ぐ事が出来るのだろうか? オレの言葉はアキコの心を潤す事が出来るのだろうか? 

 彼女の返事は聞こえない。雨が一段と強くなってきた。バチャバチャ、バチャバチャ。雨は水溜りを打ち続けた。聞こえない。何も聞こえない。雨の音しか聞こえない。
 でも良い気持ちだ。メチャクチャ良い気持ちだ。



原田知世 - シンシア
この記事へのコメント
 突然のあまり親しくない人の来訪やрヘ選挙がらみか、同窓会の誘いじゃないかと思ってしまう夢のない自分です。
Posted by ITORU at 2007年06月19日 23:32
荒井熊雄君かと思ったら、名前はオサム君だったのですね。こんなつまらん想像力じゃいかんなあ。
最初と最後がつながると思わないで読んでいたんです。とくにプラッシーのあたりでは。

プラッシーって、振ると、なんか果肉みたいなものが浮いてくるんですよね。あの味に満足したことないけど、お米屋さんで売っているプラッシーって、なんか特別でしたね。すっと立つ瓶がきれいでした。

本題については、やっぱり、今でも恥ずかしい気分になるから、何も書けません。
告白というのは、こうやって誰かが代理でやってくれたら、やはりほっとします。
そういうドラマもやってますねえ、このネタにつなげたくないけど(苦笑)

Posted by ring-rie at 2007年06月20日 01:09
ITORUさん

選挙がらみが多いね。あと借金の依頼とか督促とか。

ring-rieさん

>名前はオサム君だったのですね

毛深井オサムです。うそ。

>プラッシーって、振ると、なんか果肉みたいなものが浮いてくるんですよね。

それは大戦中のプラッシーですよ。僕は戦後生まれなので澄み切ったプラッシーでした。

>お米屋さんで売っているプラッシー

ミリンダもそうだっけ? ハイミーとかもあったね。

>今でも恥ずかしい気分になるから、何も書けません

恥ずかしがってる君を思い浮かべるだけで、恥ずかしい。

>そういうドラマもやってますねえ

プロポーズ大作戦かな? これは見てないね。長澤君は苦手です。あれが良かった。生徒諸君。内山理名は良いですよ。僕は好きだな。
Posted by sand at 2007年06月20日 17:03
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