2007年06月23日

羽衣あられと"Rain Dogs"

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Tom Waits / Rain Dogs

 23か24才の頃、会社を辞めフラフラした毎日をおくっていた。
出来ることは何もなかった。借りていた部屋を引き払い、実家に戻った。そこで毎日、部屋の壁を眺めたり、近くの川まで散歩したりした。時々、親父の車を借りて、女の子とドライブに出かけた。どこまで車を走らせても、気持ちは盛り上がらず、暗い気持ちのまま女の子の髪を触って怒られたりした。
 少しは貯金があったので、子供の頃、行きつけだった玩具屋で戦車のプラモデルを買った。プラモの説明書を読んでいると頭痛がして、一つのパーツさえ組み立てる事が出来なかった。俺はこのまま何も出来ないまま終わるんじゃないかと考えると恐ろしくなって、布団に倒れ込んで泣いたりした。それで、そのまま朝まで眠っていた。

 親父とお袋は、そんな出来損ないの息子に何も言わなかった。親父とお袋は小さな化粧品店を経営していた。親父は勤勉で一日も休まず店を開けた。だが親父には商才がなかった。昔から金銭的に裕福だった事は一度もなかった。
 俺は、そんな親父をどう扱って良いのか分からなかった。親父とお袋が、その小さな店を心底大切にしてる事は、俺にも分かった。だが親父の口からそれ以上の気持ちは伝わって来なかった。
 俺はその店を継ぐべきなのかと思ったりしたが、気が重くなって直ぐに止めた。

 散歩先の川に面した公園にいた。ジャングルジムにもたれて見飽きた景色を眺めていた。お袋が小走りで俺を探しに来た。店の制服姿のお袋は黒ずんで汚らしかった。何故だろう? 子供の頃から、ずっと思っていた事だ。

 弟の所まで、奨学金の書類を届けるように頼まれた。急にその書類が必要になったようだ。俺には断る理由が何もなかった。もちろん気は進まなかった。俺はジャングルジムにサヨナラを言って、渡された書類を持ち電車に乗った。車で行くかと聞かれたが、俺は断って電車を選んだ。久しぶりに乗ってみたかった。弟の通う大学までは、3時間くらいかかる。俺は車窓を流れて行く景色に目をやりながら、久しぶりに良い気持ちになった。

 弟は俺と違って努力家だった。少しずつ力をつけて俺より遥かに良い大学に受かった。将来の夢もハッキリしている。俺はそんな弟を羨んだり、疎ましく思ったりした。

 弟は部屋で俺の来るのを待っていた。書類を渡したが、弟から礼の言葉はなかった。弟は俺に腹を立てているようだった。弟の正論は良く分かる。「苦労して大学まで出してもらって…」ってヤツだ。だが今の俺には何もかもが鬱陶しかった。
 俺は弟と音楽の話がしたかった。俺と弟は、中学生の頃から同じジャンルのレコードを集めていた。俺は部屋に上がり込んでレコードの棚を物色した。「なにか良いレコード買ったか?」昔のように俺は言ってみた。弟の返事はなかった。玄関先に立って険しい目つきをしたままだった。
 俺はしばらくレコードの背文字を目で追っていたが、バカバカしくなってやめた。そして腹が立った。玄関先まで行って、弟とにらみ合った。俺は弟の肩を拳で小突いて、部屋を飛び出した。暗い気持ちで駅までの道を歩いた。

 駅に着いても暗い気持ちは晴れなかった。俺は電車には乗らず、駅の構内にある小さな定食屋でビールを飲み、鯖味噌定食を食べた。店のテレビで巨人戦のナイターが中継されていた。俺はボンヤリそれを眺めながらビールを飲んだ。つまんでいた鯖味噌は少しずつ冷たくなっていった。

 ナイター中継が終わって店を出た頃には、陽は落ちて真っ暗な闇が広がっていた。駅の待合室に弟が座っているのが直ぐに分かった。俺の方から声をかけた。
「どうした?」弟はバツの悪そうな顔をしてコンビニの袋を手渡した。中にはケースに入ったカセットテープと"羽衣あられ"が一袋入っていた。
「トム・ウェイツの新しいアルバムだ。ロバート・クワインとキースがギターを弾いてる」弟はカセットテープの説明を付け加えた。"羽衣あられ"には触れなかった。
「キースって。キース・リチャーズか?」俺は聞き返した。弟はうなずいて「そうだ」と言った。それから弟は何か言いたそうな顔をした。俺は兄として男として、それ以上、弟に喋らせる訳にはいかなかった。

「帰ったら親父に頼んで店の仕事、手伝わせて貰うよ。あの店は俺が継ぐ。お前は自分のやりたい事をやれよ。じゃあな」俺は弟に、それだけ言い残して改札に向かった。振り返ったら弟が俺を見送っているような気がした。俺は振り返らず、小走りで改札を抜けた。

 ホームの一番端まで歩いて、真っ暗な闇に線路が溶け込む場所を眺めた。そして弟が何故か俺にくれた"羽衣あられ"を手に持った。それは本当に"ささやか"な重みだった。

 俺は一生かかって、この"ささやか"さを味わって行くんだと、その時、決めた。


Tom Waits - Downtown Train
posted by sand at 17:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。お暑うございます!

羽衣あられ!! はじめて聞いたあられ名だけど、きっと天女のように軽やかなのでしょうね。
対してトム・ウェイツはちょっとヘビーなようにも思われますが、実は結構乾いた軽さがあると思うのです。絶妙のコンビです!
このアルバムでは私、二曲目がものすごく好きです。あの独特のリズム、実にしっくり来ます。

ささやかな重み…大切にしたいですね。
Posted by 志穂美 at 2007年06月27日 20:34
こんちは。暑いですな。本日は久しぶりに早く終わったんで扇風機あたりながらビール飲んで書いてます(もちろん風呂上り)。エエ気持ちです。

羽衣あられは、こちらでは比較的ポピュラーなアラレです。スーパーの婆菓子コーナーに黒棒とかカリントウとかブルボン・ルマンドなんかと一緒に置いてます。あまりに量が少ないので儚さの象徴として婆菓子マニアの間で語り継がれています。

>結構乾いた軽さがある

まさに、そのとおり!どこにでも出かけて行って、図々しく寝ちゃう人ですね。

>二曲目がものすごく好きです

『Rain Dogs占い』によると2曲目が好きな人は、正真正銘の変態と出ました。

僕はデリカシーの塊なので「Time」とか「Blind Love」「Anywhere I Lay My Head」とかが好きです。
Posted by sand at 2007年06月28日 16:03
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